2020年06月01日

6月の言葉!「新常識」

今まさにコロナ、コロナの大激動ですが、思い起こせば今年の事です。

今年1月頃、何か新しい「風邪」が中国の武漢で流行っているという情報が流れ、その頃はまだまだ対外の火事でした。まあ、日本は大丈夫だろうという感じでした。

その後、中国の正月に当たる春節があり、大量に中国から日本へ観光客が流れ込みました。しかし、日本は習主席の来日や東京オリンピック開催という、超目玉の国際行事もあり、なかなかコロナ対策が始動しませんでした。そこへ、ダイヤモンドクルーズでの感染、学校は休校、そして非常事態宣言で3密排除、営業自粛、会合やセミナーもほとんどなくなりました。おかげ様で私も3月の後半から5月中、夜の会合は全くなく、出張もなく、毎日妻の作った夕食を食べ続け、5キロも体重が太ってしまいました。(妻の愛情のおかげか、運動不足のせいかわかりませんが)

 4月の後半当たりから状況が急変してきました。それは、ウェブを使った会議やセミナーの知らせがどんどん舞い込んできました。ZOOMって何?最初はそんな感じでした。若い社員にZOOMをインストールしてもらい、こわごわ会議に参加してみました。最初は音声が出なかったり、チャットがわからなかったり散々でしたが、だんだん慣れて今1ヶ月半。セミナー会議、業務においても月次決算書の説明等々、なくてはならぬものとなっています。セミナーの講師をやってくれということで、事務所の3階にこもり、スマホに向かって話しをすることもしばしばです。これはすごいことになる。今、そう予感しています。コロナのおかげ様で2ヶ月程前には知らなかったウェブ、オンラインでのやりとり、これは生活スタイル、営業スタイル、経営スタイルを変えてしまうそんな予感がしています。

この変化は、タテ・ヨコの変化です。先日、ハウスメーカーの営業の方が我が社に来られました。ハウスメーカーの営業にとって、施主さんに会い、細かい要望を聞き、図面を起こし、インテリアや内装外装を決め、資金計画借入や登記といった事務作業をしなければなりません。今まではいちいち工務の人、インテリアデザイナー、銀行さん、税理士、司法書士等々。受注してから引渡しまで多くの人に会い、施主さんに多くの人に会ってもらい作業をしてきました。しかし、このウェブを使えば、営業マン一人施主さんと会うだけで(場合によっては営業マンもウェブ上で)計設士やデザイナー、銀行等々の方は、ウェブで参加し、自分の机の前に居ながら商談に参加できます。又、必要であれば全く遠距離の方にも営業支援を簡単に受けることができます。これがヨコの変革です。タテとは営業マ


ンの上司です。支社長や役員、時によっては社長でさえも同行セールスしてもらえます。東京本社に居る社長にウェブで岡山の施主さんに挨拶。商談しもらう、こんなことも可能になってきます。

先日テレビで、オンラインレストランというのをやっていました。あるレストランが宅配で料理を届け、時間を決め一斉に食事をするという企画です。複数のお客様とオンラインで料理の説明をオーナーが行い、玉ねぎの生産者が淡路島から収穫の苦労話しや、玉ねぎの良さを説き、別の所に居るピアニストが時間になればピアノ演奏をウェブ上で奏でる、そんな食事風景でした。

私も先日、岡山本社、東京、大阪、福岡の各支店を結んで会議を行なっているお客様に、私が事務所に居てその会議に参加させてもらうという試みをしてみました。何の問題もありませんでした。何の問題もないどころか、伺う時間ロス等考えれば、非常に効率良くお客様と面談できる事を肌で感じました。

さらに私の他に、例えば東京に居るコンサルタントに参加してもらうことも可能です。東京から会議に参加してもらえば、往復の交通費、一日のコンサルフィー、時には夜の接待、宿泊代等々30万〜50万円の出費です。これを大巾に下げ、しかも優秀なコンサルを行なうことが、ウェブを使えば可能です。

サービスの質やサービスメニューが全く変わってきます。コロナの影響によりそれぞれの業種、業態で大変革が起こっている、起こってくるはずです。今は少し収束に向かいつつありますが、このコロナは2波3波は必ずありますし、ウイルスの変異で別の感染が起こって来るかもしれません。もはや人と会わないことが常態となります。人と接しなくて事業を行う仕組みを考えなければなりません。これをチャンスと捉え事業の再構築が必要です。ぜひぜひ、全知全能を絞り出し、新しいシステムを構築して下さい。これが常態です。「コロナのせい」と後悔しないよう「コロナのおかげ様」と感謝できるように。




代表社員 前原 幸夫
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2020年05月01日

5月の言葉!「箸休め」

5月6日まで全国に緊急事態宣言が出て、毎日この話題で持ちきりです。微生物が人や動物などの宿主に寄生し、そこで増殖することを「感染」といい、結果、宿主の我々人間に起こる病氣を感染症と呼びます。

 1980年に天然痘を根絶し、この感染症との戦いに勝利したかと思っていたら、エイズ、新型インフルエンザ、エボラ出血病、テング熱、西ナイル熱等々が流行し、そして今回の新型コロナウイルスです。

 今生きている私たちは、過去の大流行した感染症から、生き残った者であり、逆に感染症も40億年生き残ってきた微生物です。今回の新型コロナウイルスとの戦いも人間と微生物の終わりなき戦いの一つなのかもしれません。そんな40億年の時や壮絶な戦いから少し距離を置き「箸休め」をしてみましょう。
致知出版社から発刊されている「心に響く小さな5つの物語」TUの中から3編をご紹介します。


⑴ 縁を生かす

その先生が五年生の担任になった時、一人、服装が不潔でだらしなく、
どうしても好きになれない少年がいた。中間記録に先生は
少年の悪いところばかりを記入するようになっていた。
ある時、少年の一年生からの記録が目に留まった。
「朗らかで、友達が好きで、人にも親切。勉強もよくでき、将来が楽しみ」とある。間違いだ。他の子の記録に違いない。先生はそう思った。
二年生になると「母親が病氣で世話をしなければならず、時々遅刻する」
と書かれていた。
三年生では「母親の病氣が悪くなり、疲れていて、教室で居眠りする」
三年生の後半の記録には
「母親が死亡。希望を失い、悲しんでいる」とあり、
四年生になると「父は生きる意欲を失い、アルコール依存症となり、
子どもに暴力をふるう」先生の胸に激しい痛みが走った。
だめと決めつけていた子が突然、深い悲しみを生き抜いている生身の人間として 自分の前に立ち現れてきたのだ。
先生にとって目を開かれた瞬間であった。
放課後、先生は少年に声をかけた。「先生は夕方まで教室で仕事をするから、あなたも勉強していかない?わからないところは教えてあげるから」
少年は初めて笑顔を見せた。
それから毎日、少年は教室の自分の机で予習復習を熱心に続けた。
授業で少年が初めて手をあげた時、先生に大きな喜びがわき起こった。
少年は自信を持ち始めていた。
クリスマスの午後だった。少年が小さな包みを先生の胸に押しつけてきた。あとで開けてみると、香水の瓶だった。
亡くなったお母さんが使っていたものに違いない。
先生はその一滴をつけ、夕暮れに少年の家を訪ねた。
雑然とした部屋で独り本を読んでいた少年は、氣がつくと飛んできて、
先生の胸に顔を埋めて叫んだ。
「ああ、お母さんの匂い!きょうはすてきなクリスマスだ」
六年生では先生は少年の担任ではなくなった。
卒業の時、先生に少年から一枚のカードが届いた。
「先生は僕のお母さんのようです。そして、
いままで出会った中で一番すばらしい先生でした」
それから六年。またカードが届いた。
「明日は高校の卒業式です。
僕は五年生で先生に担当してもらって、とても幸せでした。
おかげで奨学金をもらって医学部に進学することができます」
十年を経て、またカードがきた。
そこには先生と出会えたことへの感謝と父親に叩かれた体験があるから
患者の痛みがわかる医者になれると記され、こう締めくくられていた。
「僕はよく五年生の時の先生を思い出します。
あのままだめになってしまう僕を救ってくださった先生を、
神様のように感じます。大人になり、医者になった僕にとって
最高の先生は、五年生の時に担任してくださった先生です」
そして一年。届いたカードは結婚式の招待状だった。
「母の席に座ってください」
と一行、書き添えられていた。


⑵ 十五歳の重度脳性マヒの少年が、その短い生涯の中でたった一篇、
命を絞るようにして書き残した詩です。

ごめんなさいね おかあさん
ごめんなさいね おかあさん
ぼくが生まれて ごめんなさい
ぼくを背負う かあさんの
細いうなじに ぼくはいう
ぼくさえ 生まれなかったら
かあさんの しらがもなかったろうね
大きくなった このぼくを
背負って歩く 悲しさも
「かたわな子だね」とふりかえる
つめたい視線に 泣くことも
ぼくさえ 生まれなかったら
ありがとう おかあさん
ありがとう おかあさん
おかあさんが いるかぎり
ぼくは生きていくのです
脳性マヒを 生きていく
やさしさこそが 大切で
悲しさこそが 美しい
そんな 人の生き方を
教えてくれた おかあさん
おかあさん
あなたがそこにいるかぎり


⑶ 歴史創新

十八世紀から十九世紀にかけ、
世界に重くのしかかる難問があった。
梅毒の跳梁である。
決定的な解決策を見出せず、
密かに人類の滅亡さえ予感された。
曙光が射したのは二十世紀に入ってだった。
一九一〇年、
梅毒の化学療法剤サルバルサンが発明されたのだ。
発明者はコッホ研究所の研究者
パウル・エールリッヒである。
このサルバルサンは別名六百六号と呼ばれる。
ヒ素化合物の試作品を次々と作って、
六百六番目に初めて得られた
目的を達する薬だったからである。
つまり、エールリッヒは六百五回失敗を繰り返し、
その数だけ失望と苦悩を味わったのである。
研究にとって最も大事なものは何かと問われ、
エールリッヒはこう答えた。
「忍耐」
時代の古今、洋の東西、分野の差異を問わず、
新しい歴史を切り開いた人たちがいる。
それらの人たちに共通する条件を一つだけ挙げれば、
こう言えるのではないか。
困難から逃げなかった人たち、
困難を潜り抜けてきた人たち    だと。
新しい時代に適った夢と志を実現する。
「歴史創新」とはこのことである。
そして、夢と志を実現しようとする者に、
天は課題として困難を与え、試すのではないか。




代表社員 前原 幸夫
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2020年04月01日

4月の言葉!「ビッグチャンス」

私は約30年毎月毎月この『本氣』をお届けしています。お客様もだんだん増え、私との接点が少なくなってゆく中で、なんとか少しでも繋がりを持っていたいという念いからでした。
正月だけは『本氣』は休みで、私の年頭のご挨拶をお送りしています。その年の心すべきこと、時の流行(はやり)など思いつくままに書かせていただいています。

 今、コロナウイルスが全世界に蔓延し、日本でも学校が一斉休校となり、大規模なイベントも休止、様々な会合、行事も中止となり、社会的にも経済的にも大混乱を巻き起こしている中で、今年の年頭のご挨拶をもう一度読み返してみました。年末年始にこんな状況が起こるなんぞ、全く思いもよらなかったので、今振り返ることによって、どんな一年を私が昨年末思い描いていたか、確認するためでした。

年始のご挨拶には
▶令和になり初めての正月であり、平成の「やり方」から令和は「あり方」に大転換する時代の大きな節目であること
▶この大転換期はいつ何が起きるかわからない予測不可能な時代であり、不連続の時代であること
▶従って、まさかの幅を大きくし、それに対する物(お金)の備え、行動の備え、心の備えの大きさも、大きくする必要があること。中途半端な備えでなく、徹底的な危機管理の必要があること。
▶令和はオリンピックがあり、消費税の増税もなんとかしのぎ、マイナスの金利の中、投資も旺盛であるが、決して浮つかずクライシスマネジメントに徹すること。
▶必ず朝が来ると同様に必ず夜も来る

等々、新年のご挨拶にしては少し厳しめ、少し悲観的な内容になっています。昨年までの状況は、どの会社も増収増益、それに今年は東京オリンピック。普通何も恐れない順風満帆な状態が続くと予想されていました。
しかし、何か不吉な思いが年末にふとよぎりました。こんな順風なまま、これが続くわけがない、何かある、何かが起こる。それを見越した経営が必ず必要になるとの思いでした。まさか、このコロナだとは当然想像も及んでいませんが、以下、私の現状に対する念いを記します。

▶厳しい経済状況の中、特に我々中小企業は全社一丸を貫くことです。社員は一人として首を切らない、雇用をしっかり守る、社員の生活を守ってゆくことです。賃金のカットは仕方ないかもしれません。政府も各種の助成を考えています。それらを活用して、とにかく雇用を守ることです。
▶現・預金を厚くすること。生命保険・倒産防止共済・小規模共済等々、今まで内部留保したものを現金化し、政府の対策にある返済猶予のある借入金で出来るだけ多く借り入れ、手許資金を厚くすること。
▶今がチャンスと捉え、経営管理部門を強化すること。経営には作戦を考え指示する司令部と、それを実行する実働部隊が必要です。
今この司令部、タスクフォースを早急に立ち上げ、我が社の命運を決する一大作戦を展開する必要があります。社長と数人でタスクフォースを作り、しっかり作戦を練り、それを実行部隊に指示してゆくことです。新たな発想、新たな切り口が社運を左右します。
▶より一層、夫婦仲良くすることです。良い家庭を築くことです。
笑顔が絶えない和氣あいあいとした和やかな家庭を築くことです。
今こそ家庭力の出番です。和やかな家庭こそが明日への戦闘力の源泉となります。愛の泉こそが心の飢え、いや経済的な飢えさえ癒し満たしてくれます。
▶全てを捨てることです。
「こうした一生に二度と出遭うことのない大窮地に陥った時こそ、度胸の見せ所である。一切を投げうって捨ててしまう。地位も名誉も財産も生命も」(丸山敏雄)
今までしがみついていたもの、これがなければ生きられないと思っていたもの。これが我が社の生命線だと思っていたもの、これらを全て「0」にすることです。その「0」に一つ一つ足して新しく積み上げてゆくことです。ゼロベースマネジメントです。

このウイルスに対する戦いは長期化が予想されています。東京オリンピックも延期になり、経済的にも益々縮小し悪化してゆくでしょう。
しかし、この状況をチャンスと捉えることです。
絶好のチャンスが到来したと高笑いすることです。自分の前に成功と失敗、繁栄と衰退の二本の道があるのではありません。私たちの前には道はありません。あるのは「今ここ」の場だけです。
そして、「今ここ」の状況を成功できる場、繁栄できるチャンスの時、場と把えるか「今ここ」をダメなものピンチと捉えるかだけです。
チャンスと捉えれば、「打つ手は無限」となり、ダメだと思えば打つ手は弁護士さんの所へ行き、自己破産の道しかなくなります。
一生に二度出くわすことのないチャンスが今、やってきました。
これも「ウイルス」の猛威のお陰様です。

代表社員 前原 幸夫
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2020年03月05日

3月の言葉!「サムシング グレート」

新型コロナウイルスが流行っています。
最初報道を聞いた時は、トヨタが新型の車を発表したのかと思いましたが、今はそんな冗談を言っている場合ではなくなりました。

 連日イベント、セミナーなど人の集まるものは中止。小・中・高校も3月2日から春休みまで休校ということです。中・高校とか大学の入学試験、期末試験はどうなるのか。個人の評価はどうするのか。様々な難問が待ち構えています。

 この時期、所得税の確定申告があり、連日遅くまで作業に追われていますが、3月15日が申告期限ですが、なんとそれを1ヶ月延ばすという措置がとられます。これも異例中の異例です。1ヶ月延ばすということは税収入も1ヶ月延びるということですから、国の財布も心配になります。 

中国の武漢が発生源ということで、中国では街自体を封鎖しています。2月23日で1ヶ月が過ぎました。住民は外出を厳しく制限され、空港や駅、高速道路が閉鎖され、不自然な生活を余儀なくされています。
武漢以外の都市でも、人の集まるホテルや玄関、公園、レストランなどは休業し、武漢ほどではないにしろ、封鎖状態にあり、経済活動も停滞しているようです。

我々の周りにメイドインチャイナの多いことに改めて氣づかされますし、その影響が段々と出始め、建設業では浴槽等の納入が間に合わず、
家の引き渡しが遅れるとか、中国からの冷凍食品や野菜が入ってこないため、物流の量が減少し、スーパーでも売るものがなくなるとか、車や電子部品のパーツが揃わないとか、様々な影響が出ており、日本経済に大きな影響を落としています。

極めつけは東京オリンピックの開催です。もし、開催されないとなれば・・・日本の被る痛手は図りしれないものになります。今は感染防止のため、出来る事はなんでもやるという時期なのでしょう。

 私たちはこのウイルスの拡がりから学ぶ必要があります。一つはリスク管理、いやクライシス管理です。最悪の状態を常に考え、経営をやってゆくことです。2ケ月や3ヶ月収入が「0」でも廻る財務の構築、これも必要です。身体の免疫力ばかりでなく、経営の免疫力を付けなければなりません。
 国もクライシス的な状況に対応する補償体制の構築も必要です。官民あげて対応してゆかなければなりません。公助と自助どちらも必要となるでしょう。

 もう一つは、この状態をプラスと捉えることです。好調な時には見えなかったものが、極限状態になればあぶり出されるように見えてきます。
自社の弱点が浮き出てきます。
仕入・調達に片寄りがあるのか、販売ルートに片寄りがあるのか商品力がないのか・・・何かが足らないから、いざという時にダメージを受けるのです。ダメージを受けている個所をしっかりと見てみましょう。必ず原因があるはずです。そこを直してゆけば新しいビジネスチャンスがあるはずです。

今の状況、これから更に厳しくなる状況をしっかり喜んでウェルカムで迎えてゆきましょう。「打つ手は無限」です。

そして目に見えないものにもっと注意をすることです。
ウイルスは目には見えません。どんな人から感染するかもわかりません。
あるいは、誰に移すもわかりません。自分は一人で生きているのではありません。周りとの関係性の中で生きています。もう一度この関係性を深くみてゆきましょう。親、祖先との時間を越えた関係性、今はほとんど会わない遠くに住んでいる友人恩人との関係性。もっと言えば、自分を生かしてくれている様々な目には見えないもの、例えば空気、熱、光・・・
そして神や仏・・・

目に見えないものにもっと目を向ける、もっと大切にせよ、もっと尊敬せよという天の啓示として、このウイルスの蔓延を促えるのも一つではないでしょうか。

目に見えないものに心を配ることにより、免疫力は上がります。企業も目に見えない信用や人間力を強化することにより、免疫力が上がります。
何が起こっても不思議ではない今日、免疫力を強化し生きましょう。

一刻も早い新型コロナウイルスの撲滅を願って・・・


代表社員 前原 幸夫
posted by 前原幸夫 at 09:44| 今月の言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月04日

2月の言葉!「エンディングノート」

私は今、私の町内会の会計というお役をお受けしています。
岡山市郊外の玉柏の河本という昔からの町内で180世帯くらいあります。最近新しい方も少しずつ増えて来ましたが、それでも何十年も住み続けている方がほとんどです。会計をやる前、今から10年くらい前、4年間会長を務めました。岡山市が勧める電子町内会という制度の為、私に白羽の矢が立ちました。私はAさんという方を推薦したのですが、Aさんはまだこの町内に来て日が浅いということでダメだと言われました。日が浅いって何年ですかと聞いたら、まだ30年くらいだいうことで少し驚いたことがあります。

 そんな昔ながらの町内ですが、昨年の決算(12月末日が締め)をやっていて初めてのことがありました。収入の部にいつも寄付金、しかも香典返しが必ず計上されていたのですが、なんと昨年はゼロ。亡くなった方がいなかった訳ではありません。何人いたか詳細は分かりませんが、皆さん家族葬で、町内にも亡くなった方の葬儀の案内をせず、身内で済ませたことによるものでした。確かに、亡くなってから何日もして、激しい方は何ヶ月もして亡くなったことを知り、香典やら弔問やらどうしようかと話し合った方もいたなぁと思い出しました。
ひと昔であれば、農作業を共同でやり、各家で毎月お講という集まりをし、ひとたび町内の方がなくなれば、それこそ町内総出で葬儀の準備、進行、後始末をしていたことを思い出しますが、えらく変わったものだと驚かされますし、少し寂しい思いもします。

近年家族葬が流行りです。それが良いとか悪いとか言うことは差し控えますが、私が若い時に教えてもらったことがあります。
「葬儀の連絡があった時は必ず参列しなさい、慶事は2度3度あるかもしれないが、葬儀は一回限りだ」と。同じ町内で昔から顔なじみの方、お世話になった方の葬儀にも出られないとは悲しく思います。
家族葬も葬儀屋さんに聞くと決まった形があるわけではないといいます。同居の方だけ、親族だけ、縁の深い方だけ・・・色々あるようです。家族葬の良い所は、ほんの少数の人だけで故人をしのべるという点にあると思います。
私も親戚の家族葬に行き、久しぶりに会う「いとこ」や他の親族と昔話に花を咲かせたこともあります。
また、費用の面や氣を使わなくても良い点、経済的にも精神的にも体力的にも負担が少ないことは良い事でしょう。



他方、参列できなかった故人の友人などは、葬儀の知らせを後日聞き、自宅を訪問したり、中には故人から自分の両親の葬儀の時には、香典をいただいたのにせめてと思う方もあると思います。
私の住む昔からの町内でも家族葬が増えているのですから、都会は…
と思い巡らします。

葬儀をせず直接火葬場へ行く直葬というのもあるようです。墓じまいなんて言葉もよく聞きます。
先祖、家族、地域そして子孫との繋がりが薄くなりつつあります。

人間は自分で生まれて自分で死んでゆくのではありません。親祖先の命をずっと受け継ぎ自分がおり、またその命を後世に繋いでゆきます。現世ではその命を近隣の方、地域の方に育み育ててもらいます。そして、その命を地域や日本、大きく言えば世界の為に使い役立ててゆきます。自分一人の命ではありません。その命が終る時、最後のけじめをしっかりつけることも大切ではないでしょうか。

故人の一生を讃美し感謝する式が葬式だとしたら故人の生涯を讃美し、感謝し、存在の証としての記念碑が墓だとしたら、葬儀やお墓に対する考えも少し変わるのではないかと思います。

私も自分の葬儀の事を考える年になりました。
しっかりとエンディングノートをしたため残してゆこうと思います。

私の命が永遠に残るように…



代表社員 前原 幸夫
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2020年01月01日

新年あけましておめでとうございます

 令和2年、令和になり初めての新春を皆様ご健勝にお迎えのこととお慶び申し上げます。
 昨年は平成から令和へまさに大転換の時でありました。平成の30年間スマホに見られるように我々は便利さ、効率の良さをどんどん追及してきました。いわば「やり方」の転換です。しかしこれもAIやロボットの出現により、もはや人以上にAIやロボットが仕事を行う時代になりました。囲碁や将棋などもAIの方が強いのです。自動車の運転や仕訳入力もロボットがやってしまいます。では人間は何をすべきでしょうか。令和の時代、自らのあり方、家庭のあり方、企業経営の在り方等々、やり方からあり方への転換を行う必要があります。そしてAIやロボットでできない人間の本当の仕事を見つけ出し、付加価値をつけ販売してゆかなければなりません。AIやロボットが行う業務は付加価値が低くなります。しかし、人間の行う仕事、あなたにしかできない仕事は付加価値が高くなってゆくでしょう。令和の時代、付加価値の高い仕事、業務へ転換が不可欠となってゆきます。そして災害や「もしも」に対する備えです。リスクマネジメントからクライシスマネジメントへの転換です。今や日本は地震大国、暴風雨洪水大国です。いつ自分の家、会社が壊れ水没するかわかりません。
又、今の国際状況はいつ何が起こるか予測不可能です。今まで仲の悪かった米朝が近づこうとし、今まで仲の良かった米中や日韓、米とEUが仲たがいをし、足を引っ張り合い経済の悪化を招いています。自社の壊滅的なダメージを受ける事を想定して物の備え、行動の備え、心を備えて行く必要があります。生半可な中途半端な備えではなく、徹底的な危機管理が求められます。
昨年の天皇陛下のご譲位ご即位それに伴う様々な式典、ラグビーのワールドカップ、渋野選手の大活躍、プレミアムベースボール大会等々、慶ばしいことの連続で、世の中は浮足立っています。
今年はいよいよ東京オリンピックです。マイナス金利状態が続き不動産投資や建築投資も盛んです。しかし、決して浮ついてはいけません。しっかり地に足をつけ前に進んで参りましょう。今の状態がいつ崩れるか分かりません。まさにクライシスマネジメント。今の延長線上に未来はありません。不連続の時代「まさか」に対応できる巾を拡げましょう。物(金)の準備、行動の準備、心の準備はその巾の拡さで決まります。想定するまさかの巾を拡げ対応の巾を拡げてゆきましょう。今年がその最後の年になるかもしれません。
出来るうちに日が高いうちに明るいうちに、しっかり着実に対応しなければなりません。
必ず朝が来ると同時に必ず夜も来ます。
今年一年が皆様にとってすばらしい一年でありますことをご祈念申し上げます。

令和2年 元旦 
税理士法人 久遠
代表社員 前原幸夫
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2019年12月03日

12月の言葉!「日暮れ前」

平成31年、令和元年も暮れようとしています。
歴史の大きな節目に立ち合うことが出来きた年であり、感動的な一年が終わろうとしています。

今年の新年のご挨拶で申し上げたように、日本の国柄を再認識した一年でした。日本人としての誇り、日本に生まれたことの喜びを充分堪能されたのではないでしょうか。

心配された消費税の増税、しかも複数税率の導入もなんとか対応されているようです。(地場の景氣も住宅建築を中心に底堅いものがあります)

天皇の御譲位、御即位等々の式典の他にも今年は日本として日本人としての一体感を醸成するイベントがいくつかありました。

ラグビーのワールドカップベスト8入りとか野球のプレミアムリーグ優勝とか、国民が一つになり、日の丸を握り応援し見事な成果を上げてくれました。特にラグビーは、にわかファンを増やし多くの国民をテレビの前に釘付けにし、魅了してくれました。ワンチームという今、日本国が、いや日本中の企業が家族が地域が一番欲っしているものを見事に見せてくれました。「こうするんだよ」「こうすれば一つになれるんだよ」と多くの国民に見せてくれました。
それは、明確なゴールをチーム会員が共有し、仲間を信じ、勇氣を持って全力で事にぶつかることです。全力で走ってくる100kgをはるかに超える巨人にタックルしてゆく。その勇氣、逃げない心、それをまず持つこと。そして自分の出すボール、蹴り上げるボールは必ず味方(仲間)がキャッチしてくれるという信じる心、そしてなによりトライするんだという強固な意志。しかもトライした後、ガッツポーズなどは見せず、トライ出来たのは仲間のおかげ様だと謙虚に喜びを仰え、まさにワンフォーオール、オールフォアワンの戦いに徹し切ることです。

なかには日本が南アフリカに勝った試合を「野球に例えるなら高校野球の県予選ベスト4の高校が、プロ野球ソフトバンクに勝つようなもの」と言った人もいました。

岡山出身の女子プロゴルファー渋野日向子選手の活躍も素晴らしいものがありました。まさに彗星のごとくプロデビュー後、勝利を重ね全英で優勝するなんて、本当にシンデレラガールです。
しかも誰をも魅了した笑顔。お母様が、あまり可愛くないのでせめて笑顔だけでもと厳しくしつけられたそうです。(あまり可愛くないとは余計ですが)しかし、いつもいつもそう簡単には笑えません。時にはうまくいかない時、人から悪く言われた時・・・色んなことが日常生活で起こって

きます。でも、なにが起ころうと笑顔です。これには笑顔を作ろうというエネルギー、力が必要です。そこまでしてと思うかもしれませんが、笑うことが習慣になることでツキを味方にできます。

「人生の質は笑う量による」と言う人もいます。「楽しいから笑うのではない 笑うから楽しい」と言う人もいます。

笑っている人としかめっ面をしている人、どちらと付き合いたいですか?どちらの商品を買いたいですか?
笑っている人の方に決まっています。そして自分の笑顔は周囲を明るく元氣にします。そしてツキが入ってくるのです。渋野選手がいい見本です。決して可愛くなくても決して上手でなくても、笑うことによりツキが味方になり、実力以上のものが発揮でき、美しさも増してくるのです。

笑顔は人間に与えられた能力であり権利です。

今年も外交問題はこじれ、ノートルダム大聖堂や首里城は被災し暴風雨は荒れ狂い大麻薬物汚染は拡がり、あおり運転、子どもの虐待、いじめ、暴力的な指導等々、暗いニュースも多くありました。
しかし、そんな世相を一蹴する笑顔、笑いで年を越してゆきましょう。

来年はオリンピックです。
来年もきっといい年になります。

良いお年を。


代表社員 前原 幸夫
posted by 前原幸夫 at 10:18| 今月の言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月01日

11月の言葉!「永遠のY」

令和元年5月1日 第126代の天皇陛下が誕生し、10月22日天皇が御即位されたことを内外に公に宣明される「即位礼正殿の儀が」行われました。
当日は朝から台風の影響による雨が激しく降っていたのですが、式が始まる午後一時頃には雨は上がり青空が拡がり、富士山が見え虹がかかったそうです。その時、東京から見えた富士山は初冠雪だったそうで、雨・晴天・虹・雪の富士山と日本のすばらしい自然そのものが天皇の御即位をお祝いしているかのようでした。
 式典の参列者は約2000名。外国の賓客も190ヶ国400名にのぼったそうです。 イギリスのチャールズ皇太子を初め、世界中の国々が一同に介し祝福したのです。
 なぜこれ程まで多くの国々がこの式に臨席されたのでしょうか。
それは、日本の皇室は世界の中で特別な存在だからです。
 2600年余り続いている皇室は他にはありません。この皇室に対する敬意の表われです。それはもちろん日本や日本国民に対する敬意でもあります。
国際的には敬意の象徴はその国(王室)の長さ伝統です。当日夜に行われた「饗宴の儀」の天皇陛下のお隣、主賓の席はブルネイのボルキア国王であり、皇后陛下のお隣はスウェーデンのグスタフ国王でした。
 参加されていた国王国家元首の内、在位が最も長いのがボルキア国王、その次がグスタフ国王だからです。
 ちなみに、日本国の天皇は初代神武天皇が即位され2679年ですが、2位はデンマーク約1000年、イギリスは約950年、アメリカにいたっては240年程です。
 しかも、日本の天皇はただ長いというだけではありません。126代全ての天皇は男系だということです。男女平等の世の中に、なにが男系かといわれる意見も多くあり、又、最近の世論調査でも女系天皇を容認する意見が多数派です。
 しかし、男系天皇でなくてはならないのです。「いままでそうだったからこれからも」ではありません。
 男系天皇ということが日本のあり方、日本の国がら日本の本質、日本の寄って立つ拠なのです。
 女性天皇は過去もいらっしゃいましたし、今でもありだと私も思います。しかし、女系天皇はいらっしゃいません。女性天皇も男系であることが必要ですし、今まではすべて男系でした。
なぜ男系でなければならないのか。それは、天皇のお役目責務がそうさせるのです。天皇の真の使命は祭祀です。日本は祭りの国です。全国各地でさまざまな祭りが行われます。その土地その土地で人々の絆を育み、住民の安寧や幸を願い、五穀豊穣を祈りそして感謝し、時には罪やけがれを祈りにより祓うのです。その頂点に立つ方が天皇です。



「国安かれ民安かれ」と毎日毎日神に祈り民の喜びを、そして民の苦しみも、自分の喜び苦しみに置きかえ、日本国を日本国民を守り続ける使命が天皇にはあります。
 己れを無にし、100%公的な存在であり、私的な時間は持たず、すべて公の時間として己を律し、超世俗的な公的な存在が求められるのです。
 この条件を満たすには一朝一夕で皇室になった者で果たせるはずはありません。(失礼ですが小室さんのような?)
 皇統、万世一系の血筋が必要なのです。もっというと遺伝子が必要なのです。学習して得られるものではないものであり、生まれた時には既に持ち備わっている国民に対する慈悲の心、慈愛の心、いたわりの心、寄り添う心・・・様々な精神力、心(神)力が天皇には必要なのです。
男性と女性と染色体が違います。
男性はYとX、女性はXとX。男性の持っているYと女性のXが結合されれば、男性が生まれ、男性のXと女性のXが結ばれれば女性が生まれます。すなわち、男系ということは万世一系ということは、このYの染色体の遺伝子を脈々と引き継いでいる。126代2600年遡れば、このYは神武天皇がお持ちだったYにつながることを意味するのです。
 他のYではだめなのです。永遠のYが必要なのです。

最後に1922年日本を訪問したアルバート・アインシュタイン博士が早稲田大学で行なった講演をご紹介します。

1922年、日本を訪問したアルバート・アインシュタインは、早稲田大学の大隈講堂で行った講演で次のように語っている。
「近代日本の発達ほど、世界を驚かしたものはない。この驚異的な発展には、他の国と異なる何ものかがなくてはならない。果せるかな、この国の三千年の歴史がそれであった。この長い歴史を通じて一系の天皇をいただいていることが、今日の日本をあらしめたのである」

 天皇は日本のみならず、人類共有の貴重な財産です。それは日本の自然の摂理と社会の仕組から生まれた「和」の日本文化の象徴であり日本文化であり、日本国そのものなのです。



代表社員 前原 幸夫
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2019年10月02日

10月の言葉!「コスモロジーの創生」

「親が幼い子を虐待死させる」「子が親を殺す」「あおり運転」といろいろ新造語が作られるくらいストレスを受けながら運転し、少し氣に入らないことがあれば威嚇し暴力を振う、挙げれば切りのないニュースがあふれています。
「今、これを直さなければ日本という国はこの地上に存在する意味がない。」そんな念いでペンを走らせています。せかっく令和という新しい時代を迎え「和を以て貴しとなす」の世を創っていこうと国民が決意している内での出来事です。何をすればいいのでしょう。何を変えればいいのでしょう。それはずばり!「人間観」「人生観」「死生観」等々を含めた宇宙観すなわちコスモロジーの変革ではないでしょうか。我々は産業革命以降、物質的な豊かさばかり追求してきたように思います。そして、近代科学は人間をより豊かに便利にしてきました。しかし、モノというものに偏りすぎたため、人間もモノだとして捉えてしまったようです。
人間はモノに過ぎないという唯物論です。私も学生時代、左翼的思想を持っていましたのでよく分かります。この世は目に見える世界のみであり、目に見えない世界などない。目に見えない世界の存在を認知する心も、脳の働きであり脳もモノであるから、死と共に消滅してします。全て物質であり精神的なもの絶対的なものはない。
この世はモノの存在を通してモノがなくなるまでの生命であり、相対的な意味、価値しかない。だから、人間も絶対的なものではなく、人生も絶対的な価値、絶対的な意味を持たない。死んだから終りになる程度の価値を持った人間だから、生まれた意味も生きている意味も死んでゆく意味もない。ただモノとしてある時間をなんとか氣晴らしで過すしかない。自分が一番大切にしている一番楽しいことをして過す(相対的価値観)自分だけの価値観ですから、それが他人に受け入れられなくとも構わない(丁度、ゴミ屋敷の住人のようにゴミでいっぱいの自宅に住み、これはゴミではないと言い張り、周りの住民の迷惑を顧みないように)自分だけというエゴイズムが拡散してゆくのです。
自分は所詮、この世から消えてなくなってしまう存在だから、命ある限り、エゴと快楽で生きようと考えるのは辛いので、エゴや快楽を生きがいと置き換えて(ごみを集めることが生きがい)ぼやかして生き延びているのです。その置き換えがうまくいかなくなった時、人は自殺を考えるのではないでしょうか。ではどうしたらいいのでしょう。それは、コスモロジーの変革、宇宙観の変革です。この世は、私の存在はバラバラに存在しているのではなく、一体一つながりの存在なのだという自覚です。事実、1947年ガモフの「ビッグバン仮説」により、宇宙はたった一点に凝縮していたエネルギーが広がったものであり、全て宇宙は一つであると説きました。
人間が精子と卵子の結合により、一つの細胞が出来、それが分裂し、手足顔・・・が出来ているように、元は一つなのだということです。細胞が分裂し、眼が出来ました。眼そのものはそれだけ見ると全体ですが、顔と 

いう全体から見ると部分です。顔も全体ですが、身体から見ると部分です。私の身体も全体ですが岡山市という全体から見れば部分です。岡山市も全体ですが、日本という全体から見れば部分です・・・宇宙は一つだからです。
あたかも地球上に海というものがあり、海上に露出している部分を見れば、別々の島であり国に見えますが、目に見えない海の底では全てが繋がり一つであるように。さらに一つのものだから、目に見えない世界では繋がっているのだから、「死んだら終り」ではなく「生命は生き続ける」という確信です。これも科学的に言えば、アインシュタインの相対的理論です。詳しいことは分かりませんが、宇宙のエネルギーの総和が一定のものであれば、私が死に65kgという質量を持った人間がいなくなれば、宇宙のエネルギーは65kg分減少するはずです。しかし、変わらないというのは私が姿を変え、私のエネルギーはこの宇宙のどこかに存在しているからです。心というエネルギーで存在し続けるのです。しかも地球上、生命が誕生した40億年生き続けているのです。これは、最近のDNAの研究で明らかにされているそうです。死んだら終りではなく、宇宙という故郷に還るだけだそうです。このDNAの研究により、地球上の全ての生命のDNAはたった一匹の単細胞微生物に遡るそうです。つまり、全ての生命が一つの家族なのです。しかも、その家族は互いに補い合いながら生き続けています。「食物連鎖」つまり、食べて食べられて・・・という関係があり、自分は他者のためにこの世に生まれて生きている、そしてその役割を終えたら宇宙という故郷に帰り次の役割を持つ、そんな存在なのだということです。
この宇宙観から見れば、40億年という宇宙のビッグバン(進化)のその方向性に沿った生き方(あるがまま)が善であり、その進化の方向性から逸脱すること(わがまま)が悪であるという結論が出ます。すなわち、絶対的価値観の創造です。この宇宙は目に見える世界は、仮の姿であり目に見えない世界こそ真の世界である。この宇宙は始めは小さな一つの塊であったものが、ビッグバンとしてだんだんと大きくなりエネルギーの歪曲により、様々なものが存在しているが、元は一つのものであり、互いに補完補充し合い、数億年も生き続け又これからも生き続けてゆくものです。そう考えれば、心は脳の働きではなく、宇宙エネルギーの最高傑作であり、宇宙進化の極みであると言わなければなりません。心こそが宇宙の一部であり。心が宇宙を宇宙として認識していることになるのです。

我々は、宇宙の一部であり、過去・現在・未来と生き続ける心を他の生き物・物体と相互補充し合う心であると捉えれば、今のままの心でよいのでしょうか。エゴと快楽のみを求める心でよいのでしょうか。今こそ、宇宙という絶対的なものを認識し、絶対的な価値観を創生する時なのかもしれません。

代表社員 前原 幸夫
posted by 前原幸夫 at 14:27| 今月の言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月03日

9月号の言葉!「スマイル シンデレラ」

今、日韓問題が騒々しい限りですが、ことの発端は戦時中、朝鮮半島出身の「旧民間人徴用工」をめくる韓国内での裁判でした。
日本の戦後補償は、1965年「日韓請求権協定」で全て解決済とする日本に対して、韓国の最高裁は2018年「戦時中に強制的に日本で働かされた」という労働者に日本企業が補償金を支払うという判決を出しました。国としての請求権は解決済ですが、個人としての請求権、企業としての支払義務は解決していないという理屈です。
韓国人に補償が必要なら、日本が多額のお金を韓国に支払っているのですから、その中から支払えばよいとするのが日本の立場で、実際1965年日韓基本条約により国交が正常化した時、約11億ドルにものぼる補償が行われています。
これは当時の韓国の国家予算の2.3倍。日本としては外貨が18億ドルしかない時代、まさに身を切る出費だったわけです。
なぜこんなにも韓国は日本に補償を求めるのでしょうか。
今、日本と韓国で懸案となっている問題は大きく6つあります。
1.竹島問題
2.慰安婦問題
3.徴用工問題
4.貿易問題
5.日本海呼称問題
6.仏像盗難事件
もっともっとあるのかも分かりません。
これほど今、日韓は関係が崩れています。それは、日本人の韓国国民に対する感情の崩壊、同時に韓国国民の日本国民に対する感情の崩壊なのでしょうか。今に始まったことではありません。
2013年 韓国内で日韓併合を生きた95才の老人が「日本の植民地時代は良かった」という発言をしていたら、30代の男がその老人の枝を奪い撲殺したという事件が起こりました。実際に経験した人の話を実際に経験していない人が力で押し殺す象徴的な事件です。
なおかつ、その30代の男性の刑罪は懲役5年という軽いものだったそうです。これを韓国の新聞は重刑と書き、ネット上では犯人を擁護するコメントに満ち溢れたということです。
様々な問題の根底には日本が韓国を併合していた35年(36年という人もいます)すなわち、1910年〜1945年までの35年と11日 日本は韓国を併合していました。すなわち、韓国は日本でした。韓国人は日本人だったのです。しかもその間、日本は韓国に対して、様々な改善、改革を行います。
しかし韓国はそれを七奪と言います。「すなわち日本は韓国から7つのものを奪った」と。7つのものとは、「主権」「国王」「国語」「人命」「姓名」「土地」「資源」の7つです。日本から言うと奪ったものは何一つありません。当時、清の属国であった朝鮮を日清戦争により独立させ主権を与えさせたのです。大韓帝国の始まりです。ただ日本もロシアに歩み寄ろうとする大韓帝国に対し、日露戦争が起こり、1905年 大韓民国を保護国とします。当初、併合までは考えていなかった日本ですが、1909年併合に反対していた伊藤博文が朝鮮人に暗殺されて一氣に併合へ舵が切られました。「主権」をはじめ、日本は何一つ奪ってはいないのですが、作家 百田尚樹氏に言わせれば、あまりにもおせっかいが過ぎたといいます。韓国人の氣持ちも考えず日本流にあまりにも余計な事をし過ぎたため、韓国国民が日本に嫌悪感を持ち反日的な行動に走らせたというものです。
先日、清水英雄先生から一枚のFAXが送られてきました。読売新聞の8月18日の記事でした。そこには14代沈寿官(本名 大迫恵吉)さんのことが取り上げられていました。
16世紀末、豊臣秀吉の朝鮮出兵で日本に連れてこられた陶工を開祖する薩摩焼宗家の14代当主の方だそうです。今から50年程前、ソウル大学に招かれた時、日本に統治された35年の圧政を語る学生に対し、未来志向の重要性を説き「あなた方が35年を言うなら私は370年を言わなければならない」370年とは沈さんの先祖が日本に連れてこられて過ごした年月です。
日韓両国を「私の人生を豊かにしてくれた2つの祖国」と語り文化的交流の重要性を説きお互い認め合うことで新しい関係を創っていこうというメッセージが込められていました。
今、日本と韓国の関係は悪化の一途をたどっています。お互い非難合戦、中傷合戦です。百田尚樹は「ごめん、そしてさらば」と言おうといいます。しかし、私は更に続けて日韓関係、もっと言えば中国ロシア、アメリカ等々に対しても日本が真に尊敬される国になる必要があるのではないかと思います。
経済面で優位に立つことはもはや無理があります。札束で他国の頬を打つなどということは、今の日本には出来ません。ならば、日本が古来より持ち続けている精神的、文化的な面で優位に立ち韓国はじめ諸外国から尊敬される国になる道しかないのではないでしょうか。道義や倫理にあふれ地球上一番笑顔に満ち溢れ、誰もが喜びに満ち溢れ働いている姿を全世界に見せることです。
その為にもまず、日本の歴史をしっかり学び正しい歴史認識を持ち日本国民、日本国に対し尊敬と敬意を持つということです。そのことは裏返して他国をべっ視し、卑下することではありません。まず、自らの国を尊びそれにより他国をも尊べるということです。笑顔、喜び、幸せに満ちた日本を、令和の時代に導き上げてゆきましよう。幸せ度ナンバーワンの日本国が幸せ度ナンバーワンの地球を創り上げます。
代表社員 前原 幸夫
posted by 前原幸夫 at 15:39| 今月の言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする