2016年05月01日

5月の言葉!「孔子のくれた夢」

「孔子のくれた夢」

 3月31日年度末の日、私が福会長を務めさせていただいておりますありがとうインターナショナル主催の講演会が行われました。
 講師の先生は石(せき)卿(きょう)傑(けつ)さんで、今年30才の中国在住の青年です。
 彼は、中国の貴州省の農家に生まれ、両親の懸命の支えのおかげ様で大学を卒業後、超難関の弁護士資格を取得し、法律事務所に従事したのですが、なんと2009年10月弁護士を辞め、ボランティア活動に専念しました。
 その団体は、貴州民間助学促進会といい「貧しい子どもたちの勉強を助け、より良い本を読んでもらうこと」を主旨としている団体でした。
 勉強を助けるとは、経済的援助を行ない、就学難を抱える家庭を支えてゆくものです。
より良い本とは、山間地の子どもたちに、「学校がある」だけでなく、「より良く学ぶ」という環境を提供すること、具体的には子ども達が「論語」を中心とした文化的な古典を学ぶことにより、彼らが成長した時、社会的に有為な人格を持つ人間になるための助けを行なうということです。
 今、日本でも言われる経済格差が教育格差にならないよう様々な活動をしている団体と同種のものです。
 石卿傑さんは弁護士という特権階級の職を辞し、貧しい子ども達に論語を教えるという道を選択したのでした。そんな石卿傑さんがなぜ岡山で講演会を開くことになったのでしょうか。

 平成27年(昨年)5月16日23:00〜24:00 NHKのETV特集で石卿傑さんのドキュメンタリー「孔子がくれた夢」が放映されました。
なんとその番組を、あの、ありがとうの先生、清水英雄先生がご覧になっていたのです。中国の山村の貧しい子ども達に論語を教え人格形成を促している石卿傑さんを見て、清水英雄先生は大感動しました。
 そして、「よし!石卿傑さんを日本に呼ぼう。」と決意されました。たった一度のテレビ番組で一方的な知り合いです。どこに住んでいるのか、どういう風に連絡を取ればいいのか皆目分かりません。
 しかし、清水英雄先生は感動即行動。そして先生は中国との大きなパイプがありました。斉了会(ちいらかい)という団体です。
 この「斉了会」は日本と中国の国交が正常化されていない1965年(昭和40年)大学生が団体で香港から中国に入り、中国各地を訪問し、毛沢東はじめ周恩来、郭沫若など要人と会見をしたのが始まりでした。
 清水英雄先生も国交も未だない文化大革命で荒れ狂う中国に斉了会のメンバーとして、早稲田大学在学中の1968年第4次訪中団の一員として訪中をされたということです。その斉了会のメンバーであり、旧知の仲である池上正治さんなら、石卿傑さんを捜しあててくれるのではないかと石卿傑さん探しを依頼されました。
 池上正治先生は3月31日の講演会で、通訳をしていただいた方です。
 池上正治先生は東京外国語大学で中国語を学び、清水英雄先生とご一緒に訪中されて以来300回を超える訪中歴を持ち、中国に関する出版物は70冊を超え、中国人よりも中国を良く知る男と言われているそうです。
 3月31日講演会当日の午前中、我々は大森岡山市長を表敬訪問しました。
 こちらの通訳は池上正治先生。岡山市側の通訳は中国人の方が同時通訳をされていました。
 会談の後、その中国人の通訳の方が池上正治先生に、「あなたのような通訳ができるように私も励みます。」とわざわざ頭を下げに来られました。本場の中国人も正に舌を巻いたという感じです。
 
 清水英雄先生の依頼を受けた池上正治先生は、教え子も中国各地に居るし、様々なルート、チャネルから石卿傑さんを捜しあて、日本に来る交渉をしてくれたということです。
 そして、2016年3月25日、石卿傑さんは成田に到着、26日東京、27日足利市、29日高岡市、31日岡山市、4月1日守口市と計5カ所で講演会を開催され、4月3日関西空港から成都に帰国されました。
 日本の春、さくらの咲きほこる素晴らしい日本を堪能されたことと思います。
 これからの石卿傑さんの活動に大いに期待をしているところであります。


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                           代表社員 前原 幸夫