2017年08月02日

8月の言葉!「ミャンマー紀行」

「ミャンマー紀行」

 昨年から認定NPO法人日本ミャンマー医療人育成支援協会の事務局のお世話をさせていただくようになり、ミャンマーへの関心がにわかに高まっていました。
 昨年もミャンマーに行こうと思っていたのですが、昨年は入院等もあり断念していました。

 認定NPO法人日本ミャンマー医療人育成支援協会は、岡山大学名誉教授の岡田茂先生がもう30年程前からミャンマーの医療に対する支援を行ない、その事業を組織的に広域的に行なうために創られた認定NPO法人です。
 今まで数多くの病院・学校の建設、ミャンマーに対する医療支援、ミャンマーの医師研修育成教育、助産婦の研修・育成等々、ミャンマーの医療レベルの向上近代化に多大の貢献をされてきました。
 今回は新しい学校の贈呈式やクリニックや日本語学校の視察が主な目的でした。
 特に私は昨年11月に法制化した外国人介護実習生の受入れに係る諸問題を現地に行きこの眼で確認したいと思い同行させていただきました。
 岡山からは4名、広島、東京の方々を合わせ9名の陣客でした。
 成田から直行で7時間、7月12日の夕刻ミャンマーの首都ヤンゴンに着きました。時差は2時間30分。 私が学校で習っていたころはビルマという国名でラングーンという都市の名前でした。
 ちなみに今の首都はヤンゴンではなく、ヤンゴンより北に行ったネピドーという街です。
 初日は、故八田武志さんが寄贈した八田クリニックを見学、そして日本語学校へ。
 八田クリニックは歯科・産科・内科とあるようですが、たいした医療設備もなく産科の診療台がなければクリニックとは氣がつかない程でした。
 しかし、ミャンマーの地域の方々からは大変喜ばれているということでした。
 死んでも名前を残したいならぜひ病院や学校に寄付してみてはいかがですか。
 300万円位で出来るそうです。その後の運営は地元がやりますので安心です。
 又、日本語学校は約50名の若い女性ばかり。1階、2階が教室、3階が宿舎、2段ベッドが所せましと並び朝から晩まで、そして夜間まで日本語の猛勉強、半年である程度まで仕上げようと先生も生徒も必死です。
 何せミャンマーでは公務員の月給が8,000円、若い女性が日本語を習得し、日本へ実習生として来れば手取15万円は稼ぎます。これが3年続けばミャンマーに帰って億万長者です。皆目の色が違いました。
 翌日はみずほ銀行のヤンゴン支社を訪問し、日本からのお金の流れ又、ミャンマーからの送金方法いろいろと教えていただきました。

 午後は別の日本語学校訪問です。ホテル等と違い一般の市中の建物はエレベーターがありません。6階建て7階建てが立ち並ぶ街並みですが、どこの建物もエレベーターはないのです。
 急な階段があり、ビルの窓から紐が垂れ下がっています。
 ドアフォンの代りと物品をこれにぶら下げて地上から引き上げるためだそうです。

 3日目は午前中一人でヤンゴン市内をぶらぶらしました。
 市内の地図を片手に今いるところから地図で行きたいところまでペンで示し、タクシーと交渉です。
 タクシーはメーターがついていませんので全て事前交渉、最初に近寄ってきたタクシーの運転手は私が 3,000チャット(日本円で約300円)と言うと4,000チャット(約400円)と指を出します。私が指を3本出すと仕方ないとのせてくれました。
 市場、寺院ぐるっと廻ってホテルへと少しドキドキする小旅行でした。
 寺院は金箔が施され見事な佇まいでした。(ミャンマーは仏教国です)
 入口に大きな鳥籠がありその中にスズメのような鳥がぎっしり入れられていました。何にするのかと聞いたら放鳥でした、お金でそのスズメを買い空に戻してやる一種の施しです。供養や徳積の一種だそうです。
 私は狭い籠の中に入れられているスズメがかわいそうで、それこそ虐待ではないかと感じました。

 ヤンゴンは街もきれいです。道路には中古ですがきれいな車が走り、食事がおいしく全て安い。
 ホテルはツインの倍の広さの部屋が1泊朝食付で6,500円、ビールは 250円、食事1,000円。
 ミャンマーでは日本円は使えませんからドルに替え、さらに100ドルを現地通貨チャットに替えたところ、日本に帰ってもチャットが半分残っていました。
 雨期でそんなに暑くありませんでしたし、人情もよく安全、大変氣に入った旅でした。
                              代表社員 前原 幸夫
posted by 前原幸夫 at 10:49| 今月の言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする