2018年03月02日

3月の言葉!「平成時代その2」

「平成時代その2」

 前月号で平成の振り返りをやり、今月号はその続きです。

 平成13年4月、第85・86代 森 喜朗氏が総辞職した後、登場したのが小泉純一郎氏です。小泉氏は在任期間も長く(1980日)人氣もあり、政策的にもどんどん社会を動かし、安定感があった時代です。

 郵政の民営化をそれに反対する自民党の議員に刺客を立てるという手法で強引に行い(強いリーダーシップとも言えますが)、貴乃花がケガを押して優勝すれば、土俵上で感動・感激を素直に表現する庶民性も持ち合わせていました。
 一番の功績は北朝鮮に拉致された5人(後にそのご家族も)を日本に連れ戻したことでしょう。北朝鮮との厳しい交渉は想像を絶するところですが、よく願晴ったと思います。余計なことですが、帰国者の一人、蓮池さんは私と同じ大学で同級生になります。
 ただ、聖域なき構造改革と称し、規制改革を行ないましたが、今岡山の両備バスが31路線を廃止するという申請をしたことで、顕著にそのひずみが表れているように思います。小さな政府、官から民へ、この流れは正しいとしても、セーフティネットは、やはり政治が作っていかなければならないし、政治の役割だと思います。

 小泉純一郎の長期政権が終り、平成18年9月26日から安倍晋三現総理大臣が366日、福田康夫氏が平成19年9月26日から365日、麻生太郎氏が平成20年9月24日から358日、総理大臣を務めます。
 丁度図ったように一年周期でコロコロ内閣が変わり、国民は自民党に愛想をつかしてしまいます。ただこの3人、小泉政権では要職を歴任しており、小泉後の準備はしっかりしていたはずですが、安倍氏は消えた年金や、ご自身の健康問題で、福田康夫氏はリーマンの救済とアフガニスタン派遣を日本に迫るアメリカに対抗するために、麻生氏は漢字の読み間違えや、バーでの飲みを食いに難癖をつけられる形で、退陣に追い込まれました。

 平成21年7月に行なわれた、第45回衆議院の総選挙で、自民党が惨敗し、民主党が308議席を獲得し、民主党政権ができ上がります。
 それから「失われた3年」とはよく言ったもので、トップバッターの鳩山由紀夫氏は、子供手当で国債を乱発。
 事業仕分けという名目で科学技術の振興が遅れ、沖縄の基地は最低でも、県外へと全く出来もしない無知というより他にない暴言で退陣。
 次は菅直人総理大臣、中国漁船と日本の巡視船との衝突事故や、東日本大震災に対する対応のまずさ、最後に登場した野田氏の頃には支持率も急落し、とても政権を担える状況ではありませんでした。
 民主党政権の最大の失敗は、脱官僚です。明治以降、脈々と作り上げた官僚の役割と、官僚のノウハウを使うことをやめたことです。
 民主党政権に対する国民(私も含まれますが)の淡い期待は裏切られ、民主党政権は平成24年12月26日で終わりを迎えます。

 そして登場するのが、現総理大臣、安倍晋三氏です。民主党政権が良かった点を敢えて言えば、この3年間、自民党が下野し、もう一度日本の未来、日本の経済、日本の外交、様々な問題を想定し、方向性を見出す時間を持てたということかもしれません。
 事実、安倍内閣、自民党政権になって、円安誘導、株価上昇、雇用の増大、企業収益の良化、また、少ないかもわかりませんが、賃金の上昇・・・
 今まで鬱積していたもの、閉塞感を一機に解放したように思います。

 コンクリートから人へで、激少した公共事業。このあおりで地場の小さい建設土木業の方々は、辛酸をなめさせられました。それが太陽光はじめ、さまざまな設備投資の税制上の後押しもあり、また、公共投資の回復もあり、この数年かなり良化しているのは事実です。

 平成の時代、様々な失敗や過ちを各総理大臣は犯してきました。しかし、その中でもキラリと光るすばらしい政策もあったはずです。
 良いところは活かし悪いところは他山の石として見直し、素晴らしい日本を作っていくことを願いながら、平成の後の時代に夢を託したいと思います。




                           代表社員 前原 幸夫
posted by 前原幸夫 at 00:00| 今月の言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする