2018年04月06日

4月の言葉!「前期高齢者」

「前期高齢者」


 今年3月25日、満65才になりました。世に言う前期高齢者への仲間入りです。60才還暦の年にはあまり老いという感じはありませんでしたが、病氣をしたせいもあり、65才という年が少し身に染みる今日この頃です。
 とは言っても元氣さ(心の元氣、身体の元氣、経済的元氣)は人一倍あるつもりです。その話を少し書こうと思います。

 まずは、早寝早起きです。今我が家は、65才の私、66才の妻、88才の母の3人暮らしです。
 しかも、三人三様それぞれ持病もちという家族です。夕食は(会合等なければ)19時頃に終わり、テレビを観るでもなく、21時頃には就寝。目が覚めるのが3時か4時。私は目覚まし時計はかけません。

 目が覚めたらとりあえず1階に降り、トイレを済ませたり、お茶を飲み時間を確認します。3時39分前だったらもう一度ベッドへ、それ以降だったら新聞も来ますので起床です。
 今、この原稿も平成30年3月30日午前3時39分から書き初めました。

 私は2年前に軽い脳梗塞を患いました。
 その時お医者様から、「前原さん、今回が2度目の脳梗塞ですよ。一度二度は軽かったですが、三度目があれば半身不随かあの世行きですよ」と宣告されています。朝、目が覚めずあの世に行く可能性も他の人より多いのですから、朝、目が覚めることだけでもありがたい、そんな念いで一日を迎えられるのも、年のせい、病のせい、と感謝するばかりです。

 次は、死というものに近さを感じます。若い頃は死ぬなんてことは考えてもいませんでしたが、今はいつ死を迎えるかわからない、そんな思いは常にあります。    
 逆に若い頃は死に対する漠然とした恐怖がありましたが、死が近くなった今、それは薄らいでいくように感じます。死を喜んで迎える心の準備が老いてゆくということかもしれません。又、物事、人に対する考え方も大きく変わりました。

 若い頃は全て二つに分けて考える習慣がありました。この人は敵か味方か、いい人か悪い人か、この花は美しいか醜いか、この状態はいい状態か悪い状態か・・・。  
 善悪、美醜、好き嫌い、幸不幸、良し悪し・・・。しかし、今は全て善、全て善人、全て美、全て幸、全て良し・・・と思えるようになりました。

 私は永い間、高校受験で朝日高校に落ち、関西高校に入学したことを不運、ダメな人生だと劣等感を持っていましたが、今では関西高校へ行ったからこそ今日がある。朝日高校を落ちたことが本当に良かったと、心の底から思えるようになりました。まさに全肯定です。これがよい、目の前にいる人、モノ、状況、全てが自分を善くしてくれる為にあるのだと思っています。

 最後にもう一つ。やはり後に繋げるということです。
 これは会社だけでなく、家や自分のやっている役職。例えば町内の役職であったり、ボランティア団体・福祉法人・中高の学校の役員、色々なお役を受けています。これを後に繋げるということを意識するようになりました。

 我が家は娘二人です。二人とも嫁いで県外に居ます。また会社は岡山県内に4拠点総勢70名という世帯になりました。町内会のお役も中学校高校のお役も、何年もお受けしています。そろそろ代替りが必要です。

 しかしここで重要だと思っていることがあります。
 次の適当な人を探すことも大切ですが、私が私の次を探し、次の人に繋がるということよりも、私が私の前の方(人)に繋がることが大切だと思っています。すなわち、家であれば両親やご先祖様、会社であれば職親、過去の上司、町内会や学校であれば今までの役員の方々、しっかり、私が上に繋がることにより、下が出来ていくのだという確信があります。

 裸で生まれて来た身、また裸で死んでゆきます。老いるとは、生まれてから今まで身につけていたもの、薄汚れたシミや汚れや垢を一つ一つ削ぎ落としてゆくことかもしれません。

 人が純真無垢で何の汚れも恐れも知らず生まれてきたように。

                                代表社員 前原 幸夫

posted by 前原幸夫 at 15:52| 今月の言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする