2018年05月01日

5月の言葉!「今、ここ・・・」

「今、ここ・・・」

 久しぶりに、乗り物の中で泣きました。号泣です。
 先日、東京経由で小樽に行く用があり、そのつれづれにと持参した本の一冊「たとえ明日、世界が滅びても今日、僕はリンゴの木を植える」という題名の本が号泣の理由です。
 以前もう15年位になりますか、新幹線の中で「上杉鷹山」の本を読んだ時以来の涙の移動でした。

 本の中味は現実にはありそうもないストーリーでしたが、それでも現代の世相、親子関係の疎遠さ、人間関係の希薄さが描かれており、また二転三転そしてどんでん返し、物語に引き込まれてゆく感じでした。
 現実的ではない展開ではあるものの様々な苦悩、逆境を抱え生きている登場人物は、あたかも現実を生きている私を含め、実在する人々の模写であるような氣がしました。
 過ぎ去ってしまったもう取り返すことのできない、もうやり直すことのできない様々な出来事に悔いることなく、未来のこれから起こってくるであろう、いや起こってくるか何か分からないことに怯え、不安になるのではなく、「今」というこの時に「ここ」というこの場所に全生命、全精力を傾けて生きて行こうという教えなのかもしれません。
 
「たとえ明日世界が滅びても今日、僕はリンゴの木を植える」という言葉はドイツで宗教改革を行なったルターの言葉らしいのですが、日本にも「この秋は雨か嵐かしらねども今日のつとめに田草取るなり」という二宮尊徳の有名な歌があります。「人事を尽くして天命を待つ」とでも言う心境なのでしょう。
 結果は考えず、今やるべきことを「今、ここ」でやるということです。
「今」しか人間の生きている空間はありません。自分の生命は昨日でも明日でも今日、今日しか生はありません。
 しかも「今、ここ」がベスト、最良、最善の時であり場なのだということです。今という一瞬一瞬が一番いい時、チャンスの時であり、今立っている場所、ここが一番いい場所、チャンスの場だと捉えるということです。

 自分の道にチャンスの道とピンチの道が2本あり、そのどちらかを選んでゆくのではありません。自分の前に道はありません。ただあるのは今、自分の立っている場所がチャンスなのかピンチなのか、という念いです。
 不渡手形をもらい、もうダメだと思えば自己破産の道しかありません。
 しかし、値切るばかりする、クレームばかりで手間のかかるお客様から手が離れ、新しいお客様へ事業展開することができると捉えれば、それは不渡手形をもらったことがチャンスとなり打つ手は無限となります。

 「今、ここ」が一番いい時、いい場であり、最善のチャンスが訪れている時、場であるならば、その延長線上にある1時間後はもっといい時であり、いい場所に自分は居ることになります。明日はもっといい時もっといい場、一年後はもっといい時もっといい場所・・・となると人生で一番いい時、いい場は死ぬ直前ということになります。
 
 もっと言えば、死後あの世があるとすれば行っての楽しみですが、そこが一番いい時、いい場だということにもなります。
 明日世界が滅びようとも全精力を傾けてリンゴを植えましょう。
今年の秋、台風や水害が来て稲が全滅するかもしれませんが、今田の草を取り、田植えの準備をしましょう。
 それが自分の生命、天命を花開かせる最善の道だから、それが幸せな人生を生きる最善の方策だからです。
 なぜなら、今ここがベストの時、ベストな場に我々は生きているからです。




                          代表社員 前原 幸夫
posted by 前原幸夫 at 00:00| 今月の言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする