2020年07月01日

7月の言葉!「地球は青かった」

「地球は青かった」

私は人生とは富士山に登るようなものだとつくづく思っています。
20代で一度富士山に登ったことはあるのですが、それから40年、還暦の時に挑戦しました。

還暦という節目に何か残したいということで、富士登山に挑んだのですが、あえなく9合目でリタイヤ。その翌年、再チャレンジして見事登り切りました。

私が富士登山を人生とみるようになったのは、還暦の時の登山でした。その時は5合目に立った時から調子が悪く、7合目で仮眠したのですが、7合目にたどり着くのがやっと、夕食時のビールも喉を通らず、眠りも浅く、翌早朝の7合目からの登山も4人で行ったのですが、1人だけ遅れて挙句の果てに9合目でリタイヤ。1人で下山することになりました。高山病のなせる業だと思いますが、登りもきつかったですが、下りは更にきつく、なにせ1人での下山。心細いし、体力は使い切っているし、どこまでも赤茶けた砂利道が続く下山道。本当につらい下山でした。

下山して1人、河口湖のホテルに泊まりました。風呂に入り、ホテルから見る富士山に思わず絶句しました。目の前の富士山は、それはそれは雄大にそびえ立ち、美しい姿がそこにありました。なんと美しいものかと涙が出るほどでした。私はこんなに美しい富士山を登っていたのかと、今更ながら感謝の念が沸いてきました。登っていたのではない、登らせていただいたのかもしれません。なのに、途中苦しいだの汚いだのきついだの出てくる感情は否定的なものばかりで、これが人生なんだ、本当は人生は美しいものなんだ。しかし、日々の日常はきついつらい汚いものに見えるけど、少し離れてみると、美そのものの人生を私は歩ませていただいているという思いでした。

 今コロナ、コロナで世界中大変です。でも、その地球は宇宙から見れば相も変わらず美しい惑星です。ガガーリンが言う美しく青い星です。

 日常を少し遠くから眺めてみる
少し空所を持つ必要が今こそあるのではないでしょうか。
私の空所の一つは短歌です。三十一文字に自分の念いを素直に映し出す、人に詠んでもらおうとか褒めてもらおうとか一切考えずに、ただひたすら

対象に直面し、対話する。その時感じたこと、いただいた念いを文字に託す。自然に五七五七七になるように、日本語は仕組まれています。

「人に会う ことは厳禁 オンライン 人の情けを ウェブに乗せて」

「出張や 会議飲み会 なき日々に 妻の作りし 夕食で肥ゆ」

「これわかる カード差し出す パソコンに 多分貴重な 孫の宝か」

コロナの最中、我が家では、母が寝たきりになりました。
連休前に退院したと思いきや、みるみる身体が弱り、自分でトイレにも行けず、自分で箸も持てず、おしめをして、妻に食べさせてもらうという生活になりました。昼は弟の嫁が世話をし、夜は妻が添い寝するという介護状態です。

「寝たきりの 母の介護は妻任せ せめて夕食のビール注ぐ」

「息づかい 苦しき中に我諭す 人混み避けよと 寝たきりの母」

「弱りゆく 母を背に見て玄関を 笑顔で出づる 涙押さえて」

非常時になると日頃見えないものが見えてきます。ウェブを使った会議やセミナーは、人に会う有難さ、会えない切なさ、コミュニケーションの取り方などを学びます。
 母の寝たきりでは女手の有難さを今更感じ、母の存在をより重く感じさせてもらっています。会社に行く時、帰った時、母の手を握り挨拶をする。そんな手を握るなどということは、ここ何十年したことがありませんでした。これも母の病氣のおかげ様です。
また、弟は毎日昼間に母の見舞いに来て、背中をさすっているそうです。弟がそんな母想いだったとは知りませんでした。これも新しい発見です。

これからもコロナ等の感染症をはじめ、多くの苦難困難が次から次へと押し寄せてきます。これこそが新しい喜び、新しい幸せの発見のチャンスなのだと思います。

遠くで見る富士山、遠くで見る地球が美しいように

代表社員 前原 幸夫
posted by 前原幸夫 at 14:13| 今月の言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする