2018年08月01日

8月の言葉!「豪雨災害」


 今回の豪雨災害により、亡くなられた方又、災害に遭われた方へ心よりお見舞いを申し上げます。
 我が家も後、数センチで泥水が押し寄せるところでしたが、辛うじて難を逃れることができました。我が家を建てた父親が「地盛りはしっかりとせんといけん!」と少し高めに基礎をしておいてくれたおかげ様だと亡き父の英知に今更ながら感謝しています。(ちなみに父はもう一つ、押入れは多ければ多いほど良いがモットーで我が家には物入れ、押入れが結構あります。しかし、どこも物で一杯。やはりあれば便利なのだと感心します)

 7月6日(金)の深夜から7日(土)の明け方までほとんど眠らず水の番でした。夜、川の増水を知らせるサイレンがけたたましく鳴り、また警報メールがひっきりなしに携帯電話から鳴るという状態。どんな状況かと大雨の中、前を流れる旭川を見に行ったり、甥の運転する車で町内を廻ったり、その途中避難されている方を見送ったり、緊迫の一晩でした。
 旭川の堤防を越えて川の水が町内に流れこむとか、決壊などということはないだろうと思っていました。しかし、その晩の旭川は今まで見たことのない水位であと1〜2m増水すれば堤防を越えてくるような恐ろしい光景でした。
 町内の道路は水に埋もれ、崩れたことのない裏山も一部崩れ、今まで経験したことのない災害の恐ろしさがそこにありました。
 おかげ様で町内も大した被害もなく、しばらくして水も引いてくれました。
 しかし、我が町内で言えば、今まで大丈夫だと思っていた家屋への浸水、山の崩落、お年寄りの避難手順、寝たきり、一人住まいの方々への情報伝達等々、多くの課題が浮き上がった今回の災害でした。
 
災害の対応には自ら守る「自助」、近隣で助け合う「共助」、国や県、市が手を貸す「公助」があるとされています。
 基本は日頃から防災グッズや非常食の準備をする、避難場所や防災マップでリスク確認するといった自分の命、安全は自分で守るという自助です。
 しかし、自分一人、自分の家族だけでやれることには限界があります。
実際、今回の水害でも我が町内の避難場所は、近くの公会堂や小学校でなく4kmも離れた岡北中学校です。
老人の方でなくとも、大雨の中、傘を差して歩いてゆくことは不可能です。
近隣の方が自発的に車を出し避難されていました。
 そこには濃密なコミュニティーの形成が必要です。人は人、自分は自分、我が家は我が家、人の家は人の家と別々の存在と考えるのではなく自分が困っていることは人も困っているだろう。我が家が大変な時は隣の家も大変だろうと思いやる心、寄り添う心が必要です。
 そして町内全体の家族構成とか連絡網を日頃から完備・点検し、いざという時、誰が誰のお世話をするか、どこからどこへ避難するか等々、しっかり詰めた話を町内全体でする必要があることを痛感しました。
共助です。助けられるのではなく助ける人になる。
互助、お互いに助け合う。そんな濃密な関係が必要となります。
その為にも日頃のお付き合いが重要であり、自分が災害の時何が出来るかを探りながら、活動しなければならないと強く思いました。
国や県、市の公助は初動時にはほとんど役に立ちません。

数日経って、高梁市に用事があり、国道180号線を北上しました。
真備町の惨状は良くテレビ等で見ていましたが、国道180号線の豪渓から高梁に行くその沿線もかなりの災害でした。
 国道180号の左側に高梁川は流れています。国道の右側に伯備線が通っています。(勿論不通ですが)その伯備線を守るようにフェンスが設けられていますが、そのフェンスがゴミだらけ、高梁川の水がそのフェンスを越え、伯備線の線路をまたぎその右奥にある民家を直撃していました。
 あの高梁川がと思うと同時に、我が家の前を流れる旭川も決して安全ではなかったのだと改めて氣付かされました。
 今までの経験、今までの常識、今までの安全神話が通用しない昨今の災害。
いつどこで起こっても不思議がないのが自然の力だとしたら、常在戦場。
晴れの国岡山とタカをくくらず、謙虚に備えたいと思っています。

代表社員 前原 幸夫
posted by 前原幸夫 at 13:52| 今月の言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする