2019年08月01日

8月号の言葉!「やればできる」

10年ぶりに中国の内モンゴル、ゴビ沙漠の一つ、クブチ沙漠とウランプハ沙漠へ植林のために行って参りました。

7月4日に福岡空港を立ち、北京一泊、翌早朝に北京を立ち、クブチ沙漠の恩格貝へ。ここで「地球倫理の森」創成プロジェクト20周年の祝賀会を行い、翌7日、ウランプハ沙漠へ移動し、植林を二日間、また、北京に戻り、翌日帰国というハードなスケジュールでした。

(一社)倫理研究所が行っている植林活動は20周年ですが、この植林の生みの親、故遠山正瑛氏が最初に沙漠へ植林に行ったのは、今から約35年前、遠山正瑛氏が80才の時でした。
その頃の内モンゴルは、中国政府も沙漠化を食い止められず、街は激しい砂嵐によりゴーストタウン化し、2,000万人以上の人々が飢えた難民となっていた、「死の土地」でした。
しかも、クブチ沙漠だけで、四国ほどの面積があり、その中を遠山先生はスコップ一本を持ち、日中40度を越える中、毎日数十キロ歩き、手作業で水源を探り木を植えたといいます。それが今の恩格貝というところです。

10年前にも一度行ったことがあるのですが、その時とは様変わりし、ポプラは幹が太く背丈も20〜30mと成長し、周囲は青々とし、今や中国の子供さんの研修の地になっているということ。本当に驚きました。ここ恩格貝での植林作業は沙漠へ到達するまでの距離が長すぎるため、今はここから3時間ほど奥地に行ったウランブハ沙漠で行っているとのことです。(もちろん我々の植林もウランブハで行いました)

10年前とは見違える沙漠、いや緑の大地です。包頭(パオトウ)という飛行場のある都市から恩格貝まで10時間以上かかり、黄河を渡るときには、バスから降り、(バスが浮橋を渡るため重量を軽くするため)悪路をバスに揺られながら行っていましたが、今は高速道路がつき、約3時間で到着。そのバスから見える光景も、延々ととうもろこし畑や野菜畑が拡がり、遥か彼方まで太陽光発電の施設が拡がるという有様です。かつての沙漠は豊かな大地と変貌していました。





10年前は帰国の途につく時、現地の人々に汗まみれの下着をおいていって欲しいと頼まれ、こんなものでいいの?と思いながら、下着を置いて帰った記憶もありますが、今はそんな必要もなく、家も前は泥を塗りたくったような家でしたが、今はカラフルな立派な家が立ち並び、車もあり、本当に豊かな生活になったんだなと実感しました。

これも、何も取れなかった沙漠から緑の豊かな大地になったご褒美なのだと確信しました。今は、青々とした森がどこまでも続き、とうもろこしが実り、水路がはりめぐらされ、交通道路が引かれている沙漠ですが、遠山先生が着手した35年前は全くの沙漠。木が一本も生えていない沙漠でした。

ここに80才の老人が一本一本ポプラを植え、多数の日本人が中国に渡り、これを支援し今では中国の国家的行事となっているようです。
最初の一本。これを植えようと思う意志の強さ、志の高さ。これには敬服以外の何ものもありません。中国で生前に銅像の立った人物は二人。一人は毛沢東、一人は遠山先生だそうです。

緑豊かな恩格貝にその遠山先生の銅像はあります。
2004年(平成16年)2月27日97才で亡くなられました。

スコップを持ち、ポプラを植えておられました。スコップを持った先生の像は、青々とした沙漠の方を向いて微笑みかけているように見えました。

そして
「やればできる やらなければできない」
「やめた時が失敗 やり続けていれば成功」
と我々を励ましているようでした。





代表社員 前原 幸夫
posted by 前原幸夫 at 00:00| 今月の言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする