2014年08月01日

8月の言葉!「喜働」

 「喜 働」

 『働き過ぎは罪悪だ、などといって仕事にいそしんでいる人を軽蔑するかのような風潮が出はじめている。あぶない、あぶない。ごまかされてはいけない。働きすぎの「すぎ」をうっかり見のがして、「働くことは罪悪だ」といった見方におち入りかかっているのではなかろうか。こうなると「怠けることはよいこと」だから「遊ぶことこそ美徳である」というようになりかねまい。』

 上記の文章は今から約40年前、1973年(昭和48年)のある方の文章です。
40年後の今まさにその風潮は蔓延しているのではないでしょうか。
「働きすぎ」のすぎはどこから来るのか。今の日本を思うとき、「すぎ」などあるのだろうかと思わざるを得ません。国家収入が約50兆円なのに、1,000兆円を超える借金を背負い、中国、北朝鮮、ロシア、韓国等々の武力的脅威に遭いながら、それでも悠々として働かない時を過ごすことが出来るのか、はなはだ疑問です。 そんな現状を思うとたまらなくなり、せめて私一人だけでもそんな風潮に警鐘を鳴らそうと思っています。
 ほんの100年200年前まで常識であったものが、現在常識でなくなっているもの、いや、脈々と日本人に流れてきたものが、ここ100年足らずで覆っているものが3つあります。

 1つ目は、農業に農薬や肥料を使うという常識です。岡山県で木村式自然農法という無肥料・無農薬で稲作を推進している団体があります。5年ほど前から作っているのですが、始めた当初、これを聞いた農協関係者に無肥料・無農薬で米は作れないと鼻で笑われたそうです。    
しかし、よく考えてみれば農薬や化学肥料を使いだしたのは、ここ100年足らずのことで米がいつごろから作り始められたかは知りませんが、何千年も人間は無肥料・無農薬で米を作ってきたはずです。当然量は少ないですが、無肥料・無農薬で米は作れますし、これがおいしく、少し高いですが飛ぶように売れているということです。
 
 2つ目は、空腹か満腹かです。今の日本人で毎日毎日お腹をすかせている人はほとんどいないと思います。空腹どころかダイエットと称して食べるものをわざと控えている始末です。
 しかし、これも多分ここ50年ほどのことだと思います。日本人が昔、狩りをしていた頃、又、農耕を覚え稲やアワやヒエを作った頃から、何万年、何千年満腹で過ごした時代などなかったはずです。ということは、空腹が当たり前(平常)であり、満腹は異常な状態なのです。ましてケーキは別腹と、満腹の上になお食べるなどということは、人間の生理に反していることなのです。いつも空腹を感じながら生活することの方が自然な生き方なのかもしれません。私も今、朝食を抜いて(午前中は排せつの時間帯だということで)一日二食。空腹を楽しんでいます。

 3つ目は働くということです。週休2日、祝日だ有給だと、いかに働かないかを競っていますが、これもここ30年くらいのことです。明治政府になり太陽暦が導入されるまで土曜日も日曜日もなかったわけで、日本人はほんの最近まで朝から晩まで、いや、夜なべ仕事までして一日中、一年中働いていたのです。休めば自分の命を縮めるというくらいの働きが、何千年も営まれていたはずです。休みは盆と正月のみ、コツコツと生活の糧を生みだしてきたのです。
 
 過労死とか、働きすぎなどという言葉はあろうはずがありません。実際人間は喜んで働けば、疲れないし働きすぎと感じません。不平不満を言いながら嫌々働いているから働きすぎ、過労死を引き寄せるのです。同じ一時間でも楽しいことをしていればすぐに時間が過ぎますが、いやなことをしていると一時間がとても長く感じる、これと同じです。
 働く時間の長さではなく、どんな心で働くかです。労働ではなく、喜働です。
日本人は昔から働くことを尊び、働くことに生きがいを見出して来ました。まさに喜働です。その上、喜働は人から喜ばれ、感謝されます。人も喜んでくれ、自分も喜びに満ちた人生を送れる。こんな素晴らしいことはありません。
 
 ここ数年、私もほとんど休みなく働いています。朝4時半に起き、夜11時頃就寝。1日19時間喜働です。昼休みも昼食を食べる以外休みません。年間家でぼ〜っとすごすことが5日くらいでしょうか。正月も3日から、お盆は町内の行事が8月14、15、16日とありますので、それ以外は喜働です。そんなに働いてもいっこうに疲れません。
 過労など感じたことはありません。それより益々健康で毎日のごはん、お酒が非常においしく60歳を超えた今も快調そのものです。ああ、今日も働けてよかった。明日も働ける。こんな喜びの働き、喜びの人生を送っています。まさに「働きは最高の幸せである」です。

                              代表社員  前原 幸夫
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2014年07月04日

7月の言葉!「三本目の矢」

「三本目の矢」

 2012年12月に安倍政権が誕生してから1年半が経過しました。高い支持率を背景に今までの政権がやってこなかった様々な改革を断行しようとしています。そのよしあしは別として、この高支持率の元はアベノミクスです。いわゆる三本の矢と言われるものです。

 最近この三本の矢を揶揄する話として次のようなことを聞きました。
三本の矢とはご存知のとおり大胆な金融政策、機動的な財政出助による景氣の底上げ、民間投資を喚起する成長戦略です。一本の矢は市場に流通する資金の量を増やし、デフレからインフレへ指向してゆくもので、これは円安指向を誘い株価も上昇しA評価。第二の矢は昨年末の補正予算そして今年度の予算と大型であり、公共投資も大型の予算組みをして経済の下支えをしてゆこうとするものでありますが、一方 赤字国債の残高が増えるという弊害もあり評価B。
三本目の矢は先日発表された骨太の方針で示されましたが、いま一つ迫力に欠け評価はE。
一本目がA、二本目がB、三本目がEでABE(安倍)という小話っぽい話ですが、ことはそんな笑いごとですまされるようなものではありません。

 特に三本目の矢、今の日本に成長を前提とした経済政策がふさわしいのかどうかです。さらに言えば成長する強い産業・企業と、その成長について行けない弱い産業・企業との二極化を助長させる政策ではないのかという点です。
 例えば、法人税の減税についても、下がるのは大企業であり、中小企業は逆に税率を上げるなど増税が検討されています。また、海外からは安い労働力を受け入れたり、ホワイトカラーエグゼンプション(いわゆる残業代「0」政策)という二極化、しかもこれらの採用によるメリットはやはり大企業に限られてくるといった風にです。そこには弱い中小企業を含めた日本の全体的な経済の底上げは期待できない(期待しない)、代わりに強い産業、強い企業にしっかり体力をつけてもらい、収益力を拡大してもらい、賃金を上げてもらい、購買力をつけてもらい、設備投資をしてもらい、経済を引っぱってもらいたいという意思が見え隠れしてなりません。
 
 しかしその目論見どおり行くでしょうか。私は今の日本が国内で経済の成長をどんどん限りなく行なってゆくことは不可能だと思っています。最近の論調は世界の経済さえも成長を前提とするのはムリがある、資本主義は終わりに近付いているといったものが見受けられます。
 これから50年というスパンでみれば、グローバル企業は東南アジアの次はインド、インドの次は中東、中東の次はアフリカと次々経済成長の源泉を求めてゆくでしょうから、成長の余地はありますが、日本国内をみれば、そのグローバルな企業の本社は確かに日本国内にあるけれども、生産拠点は世界中にあり、それぞれ現地の人を雇い、現地で設備を調達し、現地で物を売っているグローバルという名の国外活動企業です。それら企業は、収益は日本にもたらすかもしれませんが、経済成長は現地にもたらします。(それにも限度があり、100年単位でみれば終わりに近づいています)

 しかもそれは日本の国内にしか居られない中小企業群には、成長の余地はなくなりつつあるということです。今までの市場はどんどん拡大し、一人当たりの購買力も所得の上昇とともに上ってきました。それを背景に設備投資が行われ、国家財政も豊かになり公共投資に廻せる予算も増えてきて、また、経済を成長させるという好循環でした。
 
 しかし、今はどうでしょう。国の借金は1,000兆円を超し、65歳以上の高齢者が全人口の4分の1を占め、家の中を見渡しても、欲しいもの買いたいものはなし。正社員は減少し、パート・アルバイト等の非正規社員は労働者全体の3分の1を超え、しかもこの借入、高齢化率、物余り、非正規社員化がどんどん進行してゆこうとしている今の日本の国内で、企業が設備投資等をどんどん行い、賃金を上げ続け、消費者がどんどん物を買いあさり、国が公共投資等に予算をどんどんばらまき続けることなどあり得ないことです。
国は借金やこれから少子高齢化に伴い増え続けるであろう年金、介護、健保のために国民に税負担を強い、企業は海外の安い労働者にたより、日本の若者をどんどん非正規化し、賃下げを行い、増え続ける税負担に可処分所得は減り続け、グローバルな企業は海外活動を活発化させ、空洞化は進み、国の借金は増え続け予算はますます硬直化してゆき、公共投資どころか公務員の給与・年金も削られるようになり、将来を不安視する国民は消費拡大どころか生活を切り詰めやっとの生活。そんな近い将来が予想されてなりません。

 あまりにも悲観的な見方かもしれませんが、資本主義は終わりに近づき新しい経済運営が求められているように思います。
 その先頭にあるのが日本です。経済成長をよりどころとしない生活感成長。国に頼るのをやめ、地域の人々が助け合い、分け合う自助の精神の確立。量的な拡大ではなく質的な充実。物に満足を求めるのではなく、人の温かさに満たされる生活。そんな内面の豊かさ、心の豊かさを追求する時代が到来したとしたら、資本主義の次は真に心の時代と言える豊かな時代になるはずです。しかもその先頭にはいやがおうでも日本がいます。

                            代表社員  前原 幸夫
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2014年06月04日

6月の言葉!「サラリーシェア」

                 「サラリーシェア」

 もう何年前になるでしょうか。堺屋太一の「団塊の世代」という本が流行りました。
先日、その続編(完結編)とも言える「団塊の秋」という本を読みました。団塊の世代が迎える60代、70代、80代、2028年頃までの未来予想図でした。大変身につまされるというか他人事ではない臨場感がありました。

 その中でこんな会話があります。もう70才代の友人同志が、
「俺たちは個人的にも社会的にも次の世代の世話になりたくない。年金の価値が減っても別に困らんよ。みんなが貧しくなるんなら怖くない」
「考えてみろよ。年金が減ったとか、給与は上がらんと言うけれど、まだ1970年 万博の年よりはずっと上だよ。あの頃は貧しかった(以下略)」
「ほんまに怖いのは自分だけが貧しくなることや。年金の水準が下がっても年金プラス10万円の月収があったら十分に満足できるよ」
「問題はやはり格差かねえ」
「それも違うな。格差なんか是正したらあかん。豊かな人を貧しくしても貧しい人は豊かにならない。みんな貧しくなるだけや。月10万円でええ。夫婦のどっちかに月10万円稼げる仕組みがあったらええ。要は高齢者に適した働ける(収入を得られる)システムをつくることや」
「ふ〜ん。月に10万円が年金を引き上げるよりも高齢者が働ける仕組みか」
というくだりです。

 私の考え方とぴったりで驚きました。私はサラリーシェアという仕組みで社員の老後の生活設計を考えています。零細企業にとって退職金は相当な負担です。零細企業が大企業や官公庁のように、1人当たり2000万円〜3000万円の退職金と支出をすることは到底無理です。しかも昨今の年金の減額化、支給年齢の引き上げ等により零細企業の退職者は年金だけでは生活できない状況がだんだん出てきます。まして、今30代、40代の社員はたぶん年金は70才から、月額も15万円程度とより一層悪くなるでしょう。
 この状況を企業側も良し、社員側も良し、そして国も良しというようにする手法が「サラリーシェア」です。
 サラリーシェアでは退職はありません。死ぬまで給与を支払い続けます。したがって退職金は原則ありません。
 しかし、例えば、65才から75才まで月収25万円×12ケ月=年収300万円を10年間もらえば3000万円です。3000万円の退職金をもらったことと同じになります。
 サラリーシェアは定年なし、退職金なし、死ぬまで給与支給を受けれる仕組です。

 一つの例ですが、65才で年収1000万円の社員の場合を例にとれば、65才で週休3日にし、若い社員を雇用します。その社員に年収400万円を支給し、自分は1000万円を600万円に落とします。    
若い社員を徹底的に教育し、自分の何十年も蓄えた知識、ノウハウ、人脈等々を伝授します。いわば弟子を一人つくるようなものです。
その間、例えば30万円/年ずつ、自分の給与を減らし、若い社員の給与を増やしてゆきます。70才で450万、75才で300万、80才で150万。その減額した分、若い社員の年収は増えてゆきます。30才で400万とすれば、35才で550万、40才で700万、45才で850万といった具合です。そして80才以降は150万は死ぬまで支払続けます。又、若い社員は自ら、収入源を+αしてゆきます。お互いwin-winです。

 このサラリーシェアの良い点は、
1.会社の負担は一切増えません。
  退職するはずの社員の給与をシェアするわけですから、若い社員が増えても、給与総額は増えません。
2.退職金の支給がない。
3.ノウハウや経験の伝承がスムーズに行われる。
次のこれが大切なことですが、
4.社員は60才あるいは65才という通常の定年の年までに、自分の給与を最大限に上昇しておく必要があり   ます。65才の時の年収が、400万ではシェアしようがありません。せめて800万以上稼ぐ社員になっておく  必要があります。自らの老後を豊かにするために現役の時しっかり働いて、自分の価値を最大限高めておく  必要があります。65才の年収が高ければ高いほど老後のシェアした残額は大きいものがあります。
5.次にシェアしたあとも、会社への帰属意識が薄れないということです。週休3日、4日、5日とだんだん出  勤日は少なくなりますが、それでも会社がしっかりと利益を出し、成長発展しないと老後の生活の安定はあ  りません。

 自ら、65才すぎてもいくつになっても会社のためとしっかり情報の提供等、仕事はやってもらえるはずです。何せ、30年も40年もこの会社のために働いてきた方です。その人の周りには、人・モノ・情報、ノウハウ等々、多くの宝があります。
 これを定年だからといって、切ってしまうのは勿体ない極みです。死ぬまで我が社のために働いてもらいましょう。

「働いている時が本当に生きている時である。何もせずにぼんやり過した1日は死んだ1日である」
「働いてはじめて生甲斐がある。働きが一切であり、働きが人生である」
「人が生きているということは、働くことである。働く喜びこそ生きている喜びである」
  
                           代表社員  前原 幸夫
posted by 前原幸夫 at 17:29| 今月の言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月01日

5月の言葉!「戦後史の正体」

「戦後史の正体」

 最近読んだ本をご紹介します。
題名は「戦後史の正体」著者は元外務省国際情報局長であり防衛大学校の教授でもあった孫崎 亨氏。ある社長さんからぜひ読んでみたらと言われお借りしました。
戦後史と言えば昭和28年生まれの私には、一番身近かなというか同世代であり、自己史と言えるほどの存在なのに、読んでびっくり。全く何も知らなかった。いや、知らされていなかったという驚きでいっぱいでした。

 まず第二次世界大戦の終わりは8月15日ではなく9月2日だということです。
連合国が提示した「ポツダム宣言」を日本が受け入れる表明をした日が8月15日であって戦争が終わった日ではなく、降伏文書に署名した日、1945年9月2日が戦いの終わりだと言うことです。それはそのとおりで一方が負けましたと言っても双方が確認しあう必要があるわけですから、やはり9月2日が正しいのでしょう。

 しかも無条件降伏であり、単なる終戦ではありません。我々は日本は負けた、無条件降伏したという認識から戦後をスタートする必要があると著者は力説されます。
防衛大学でも降伏文書さえ読んだことのない学生に戦史を教えており、降伏という一番厳しい現実から学び、悔しさをバネにしてゆく必要があるのではないでしょうか。
 ではその降伏文書には何が書かれているのでしょうか。これが降伏文書です。


 以下の者はここに、合衆国、中華民国および英国の政府首脳が1945年7月26日「ポツダム」において発令し、その後ソ連が参加した宣言の条項を、日本国天皇、日本国政府および日本帝国大本営の命により、それに代わり受諾する。右の四カ国は、以下これを連合国と称する。
 以下の者はここに、日本帝国大本営ならびに、いずれの位置にあるかを問わずすべての日本国軍隊および日本国の支配下にあるすべての軍隊の連合国に対する無条件降伏を布告する。
 以下の者はここに、いずれの位置にあるかを問わずすべての日本国軍隊および日本国臣民に対し、敵対行為をただちにやめること、すべての船舶、航空機ならびに軍用および非軍用財産保存し、それが毀損しないようにすること、および連合国最高司令官またはその指示にもとづき日本国政府の諸機関を課すすべての要求に応じることを命令する。
 以下の者はここに、日本帝国大本営が、いずれの位置にあるかを問わずすべての日本国軍隊および日本国の支配下にあるすべての軍隊の指揮官に対し、自身およびその支配下にあるすべての軍隊が無条件に降伏しなければならないという内容の命令をただちに発令することを命令する。
 以下の者はここに、すべての官庁、陸軍および海軍の職員に対し、連合国最高司令官がこの降伏実施のため適当であると認めて自ら発令するか、またはその委任にもとづき発令させたすべての布告、命令および指示を遵守し、かつこれを施行することを命令する。ならびにその職員が連合国最高司令官によるか、またはその委任にもとづき特に任務を解かれない限り、各自の地位にとどまり、引きつづき各自の非戦闘的任務を行うことを命令する。
 以下の者はここに、「ポツダム」宣言の条項を誠実に履行することをならびに、その宣言を実施するため連合国最高司令官またはその他特定の連合国代表者が要求するであろうすべての命令を発令し、かつそのようなすべての措置をとることを、天皇、日本国政府およびその後継者のために約束する。
 以下の者はここに、日本帝国政府および日本帝国大本営に対し、現に日本国の支配下にあるすべての連合国の捕虜および抑留者をただちに解放することならびにその保護、手当、給養および指示された場所への即時輸送のための措置をとることを命令する。
天皇および日本国政府の国家統治の権限は、この降伏条項を実施するため適当と認める措置をとる連合国最高司令官の制限の下におかれるものとする。

1945年9月2日午前9時4分 日本国東京湾上において署名する
大日本帝国天皇陛下および日本国政府の命により、かつその名において
重光葵
日本帝国大本営の命により、かつその名において
梅津美治郎
1945年9月2日午前9時8分 日本国東京湾上において、合衆国、中華民国およびソ連のために、ならびに日本国と戦争状態にある他の連合諸国家の利益のために受諾する

連合国最高司令官
ダグラス・マッカーサー
合衆国代表者
C・W・ニミッツ
(以下、略)


 天皇および日本国政府は、連合国最高司令長官すなわちマッカーサー下におかれ全ての要求に従うということです。
 占領期、吉田茂でさえもマッカーサーの要求を承認するロボットだったということです。
さらにマッカーサーは
1.日本の公用語を英語にする
2.米国に対する違反は軍事裁判で処分する
3.通貨は米国の軍票にする
 という布告を最初に出す予定でした。これに対し時の重光外相のすばらしい交渉力で撤回させたということです。

 しかし日本は完全なアメリカの従属国でした。
 終戦3日目には,アメリカ軍用に特殊慰安施設が作られ当時の日本の警備局長が全国から1360名の慰安婦を集めたと言います。(日本の警察が)
 また1945年12月17日からB・C級の戦犯の裁判が、1946年5月3日からA級戦犯の裁判が行われ、東京裁判にかけられるまでいかなくとも公職を追放された人が1946年1月に6千人、1947年〜48年に19万人も出ています。

 米国の狙いは、日本をふたたび大国として生まれ返さないために国家の根本を改造し、民族を再教育しようとするものでした。
 その具体的な施策は、日本人の生活水準を朝鮮人、インドネシア人、ベトナム人以下に落とそうとしたものです。
 つまり工業分野の徹底的な破壊です。戦時賠償委員長のボーレは
@米国の賠償政策は、最小限の日本経済を維持するために必要でないすべてのものを日本から取り除く方針で ある。
A最小限とは、日本が侵略した国々の生活水準よりも高くない水準を意味する。
 という声明を1945年11月に出しています。

 一方で、国富というべき生産設備を破壊しながら、もう一方で米軍の駐留経費を要求し、日本へ負担させています。
 1946年379億円(予算の32%)1947年641億円(同31%)1948年1,061億円(同23%)という負担額です。
 これに抵抗したのが石橋湛山、時の大蔵大臣でしたが、GHQにより1947年5月6日の公職追放となりました。
 もちろん日本国憲法もアメリカの作成したものを日本語に訳し、少し修正を加えたものでしかありません。(しかもGHQの案を受け入れなければ、天皇を戦犯にするという脅しまでかけて)

 ついでですが、日本国憲法制定後の初めての選挙で片山哲社会党内閣が誕生します。
なぜマッカーサーが社会党政権をあえて許したか。彼の狙いは日本の民主化であり、彼の民主化の基はキリスト教でした。
 マッカーサーは
「日本人の精神生活は戦争で空白になっているからキリスト教を日本に布教するには今が絶好のチャンスである」という書簡を送っています。

 戦後日本には天皇も総理大臣も国会もありました。しかし、その決定権は米国が持っています。日本はアメリカに間接統治されていたのです。しかし、米国の指示は国民には見えません。指示を執行するのは日本政府です。米国が日本政府に命令を出している場面は国民には見えませんから、日本は独立しているように見えます。

 この関係は占領時代のみならず、現在まで続いていると著者は言います。そういう眼で現代史をみると、なるほどと頷けるところが多いと私は思います。
 今も日本はアメリカの保護国なのです。
                    
 
                                    代表社員 前原 幸夫
posted by 前原幸夫 at 18:24| 今月の言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月03日

4月の言葉!「浮客から顧客へ、そして固客へ」

「浮客から顧客へ、そして固客へ」

 3月15日(今年は17日)確定申告も終り、恒例の打ち上げをある居酒屋で行ないました。料理が次から次から、しかも味もまずまず、しかも飲み放題。値段を幹事に聞くと5000円と言います。5000円ならいい料理が出るなと思っていたら、何と飲み代含めてとのこと。料理3500円、飲み代1500円ということでした。どこで、こんな店を探したのか聞くと、ネットだと言います。社員の誰も一度も来たことのない店でした。一昔前には考えられない選択行動です。今、ITの進歩、インターネットの情報の量と質はすごいものがあります。
 そして、その情報の流れに乗って、買い物を行なう「浮客」という層が増大していると言います。まさにフリーペーパーやインターネットで店を探すという今の若者はこの浮客と呼ばれるものなのでしょう。

 商品・サービスを利用する主因が、その企業哲学や製品に対する固定した愛着ではなく、価格が安いことや一時的な興味(おもしろそう)で利用する層です。もしも次の日により安い店、より興味をそそられる製品があれば、そちらへ行ってしまう購買スタイルを持つお客様です。
 ライフスタイルを楽しむというより、消費を楽しむ事が目的の層だと言えます。しかし、この客層に中小企業が頼るわけには行きません。もちろん浮客が固定客になることもあるでしょうが、浮客が増えることにより、今までの馴染みの方々が不愉快になったり、質・サービスが低下したりしては元も子もありません。やはり我々は原則として浮客ではなく顧客をターゲットにすべきです。しかも、顧客の中から生涯顧客・固客を創り出さなければなりません。
 一時の安売りやキャンペーンも時には必要かもわかりません。これも、固客を創り出すためのもと考えるべきです。(一時の売上を上げるためではなく)

 固客とは何か。これは、お客様と我々が情報の交流し合った関係になっているものではないでしょうか。もちろん製品・サービスを提供する側もお客様の好み、趣味、家族構成等々を知りつくし、どんな製品、どんなサービスが良いか、その場、その時で対応してゆける提供側であることと、お客様もその店の良さ、質の高さを熟知し社員とも交流がある、そんな相互に認知しあった心の交流が、満足を生む関係が固客ではないでしょうか。
 そこには、お金では買えない安らぎや充足感が満ちており、心の安定や満足に浸れるそんな空間があるのです。浮客から顧客そして固客です。

 では、固客はどうやって創り上げるのでしょうか。
店側が提供できるものは3つです。建物とか商品とかのハードウェア、提供するサービスのソフトウェア、そして社員がかもち出すヒューマンウェアです。お客様はまず提供される店づくりや商品に感動し、その次に洗練された接客態度に感銘し、最終的にはサービスを提供する社員の人間性や人間関係に魅力を感じ、人のぬくもりやふれ合いを楽しんでゆくことになります。
 ハードウェアもソフトウェアもヒューマンウェアも必要です。店づくりや製品・商品ももちろん大切です。接客態度も大切です。しかし、ハードウェアやソフトウェアは一度提供を受けてしまえば、それが当たり前となり、陳腐化します。よりよい店があれば、インターネットで別の店を探せれば、お客様はそちらへ行かれます。
 それを引き止めるのは、社員の付加価値による魅力づくりです。人という付加価値だけは、プロフェッショナルとしての哲学を失わない限り、陳腐化はあり得ません。
 ITの発達による人間関係の希薄さ、ドライ化がその逆として、孤立化したくない客層を固客として呼び込む土台を作ってくれているということも皮肉ですが、大きな要因としてあると思います。
 
 ヒューマンウェアの本質はホスピタリティです。心のこもったサービスとは違います。サービスとはマニュアルであり、100人に対して1つの均一な対応をしてゆくものです。
 ホスピタリティは、1人に対して100通りのサービスを行なうことです。その時その場に応じ、サービスの内容を変えてゆかねばなりません。そこには、マニュアルはありません。
「ホスピタリティとは風呂敷のようなものだ。包むものに応じて変えてゆく。本や瓶や果物までありとあらゆるものを1枚の風呂敷で包んでしまう」と言う方もいます。

 このホスピタリティを生むものは、社員一人一人のプロ化です。従来の顧客満足(CS)=社員満足(ES)として社員満足度を高めてゆくことに企業は必死でしたが、今やそれだけでなく社員のプロ化(EP)が求められてゆく時代となりました。
 プロとは、お客様のニーズを先読みし、一人一人のお客様の好みに合せた個別の対応を高いサービスレベルで提供でき、心温まる関係、心休まる空間を創り出せる人のことです。
 プロとしての哲学を持ち、企業方針を正しく理解し、それを日々の業務で反映させ、練磨し、常にお客様に夢を感じてもらい時には勇氣づけられ、時には癒される空間を創りつづけ、日々自己を高める努力を惜しまない人のことです。

 今や、本当のマーケティングを行なえる経営者が必要とされる時代がきました。目先の利益を追わない、お客様と長期的視野に立った人間関係が構築できる社員づくり、社風づくりが求められています。今こそ、経営者がしっかりとした哲学を持ち、会社の隅々まで経営者の理念がゆき届くよう徹底した社員教育を行ない、あらゆる問題に経営者自身が真正面から取り組み、難問を全社的に解決するプロセスを社員に見せることにより、心技体のバランスの良い人財が育ってくるものです。現場主義とは現場のことを社員まかせにすることではなく、現場の問題を経営者自らの問題とし、それを社員と共に解決してゆくプロセスを社員教育の場として捉えることを言います。
 インターネット時代の最強のツールは人間力であり、その力は経営者の器から溢れ出た人間的魅力を社員が血肉とするところから始まります。 
インターネットの時代だからこそ、人間力の高い経営者にとっては最良の時代なのかもしれません。                    

                               代表社員 前原 幸夫
posted by 前原幸夫 at 10:37| 今月の言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月03日

3月の言葉!「雪中行軍」

「雪中行軍」

 今年の冬は、雪が多い冬です。ノーマルしかはいてない私にとっては恐怖の年になっています。そんな中、2月7・8・9日と3日間、清水英雄先生主催の富士山表現道研修というのが、山中湖、ホテルマウント富士で行われました。私どもから社員が5名参加しましたので、私も2月8日サプライズで途中からですが、参加しようと準備をしていました。

 すると、なんと2月8日(土)は大雪、午後岡山駅を経つ予定を急遽、8時30分に変更し、新幹線に乗り込みました。新幹線が岡山駅を離れるやいなや、三島駅からホテルマウント富士行のバスが、運行停止との連絡が携帯に入り、前途多難な行く手を思いました。途中、雪のため姫路まで1時間かかり、普通なら4時間程度で行く三島まで6時間30分。三島駅には3時前の到着でした。

 もちろん、大雪の三島駅、予定していたバスは運休ですのでタクシー乗り場へ。長い行列の最後尾。なかなかタクシーも来ない状況。ひとつ妙案が浮びました。
「そうだ、御殿場へ行けばいいかも!?」と御殿場は三島よりも山中湖に近く、タクシー代も安い。これは妙案と沼津へ行き、そこから御殿場線へ乗換。沼津でも少し待ちはしたものの、御殿場行に無事乗車、夕方4時。普通なら、30分で御殿場へ。そこから30分で山中湖のホテル。おいしいフランス料理とワインにありつけると心の中で思わずニコッ。しかし、現実はそんなに甘いもんではありませんでした。

 沼津から3つ目の駅で、沼津方面の列車が遅れるということで1時間、ポイント故障ということで1時間、合計2時間待たされ、その後も、踏み切りごとに安全確認。JRの駅員さんが猛吹雪の中、いちいち列車を降りて目視確認。動いては止まり、止まっては動き。何と、御殿場に着くと夜の9時(通常30分で行くところ、5時間かかりました)。
 外は真っ暗、猛吹雪。横なぐりの雪を頬に受けながら、タクシーを待つこと30分。段々、感覚がなくなるのが分かりました。やっと乗ったタクシーに山中湖行きを告げると、運転手さんは驚いたように「NO!行けません!通れません!」とつれない返事。仕方なく、今夜は御殿場泊り。

 しかし、これがまた大変。タクシーでホテル廻り。空室を探したのですが、どこも満室。雪でみんな足止めされ、駅前のホテルは空室ゼロ。仕方なく少しはずれのホテルへ。しかし、ここも満室。6〜7軒廻ってやっと宿泊。時計は10時。「夕食はありますか?」に「NO」。 「近くに食事できるところはありますか?」に「NO」。
 結局、近くのコンビニを教えてもらい、おにぎりと玉子スープとビールで一夜(でも、泊まれたことが本当に涙が出るくらいうれしかった!!)。

 翌朝、タクシーは来ないということで、7時30分ホテル出発。雪は止んでいましたが、1mほど積もっている雪道を駅まで歩きました。歩道は雪で歩けないので、車道をテクテクと。御殿場駅着8時30分。ここでタクシーに「山中湖へ行って」と言えば、「通行止めで行けません」と再びつれない返事。仕方なく三島駅に戻り、三島から再チャレンジ。昨日が嘘のように40分で三島駅へ。10時に三島駅のタクシーに乗り込み山中湖へ。

 ほっとしたのも束の間。営業所から連絡が入り、「チェーン規制が出て行けません」と。三島駅に居るタクシーは全てスタッドレスタイヤ、御殿場のタクシーはチェーンを巻いていると運転手さんの助言。7000円払って、御殿場駅へ。そこで運転手さんが御殿場のタクシーと交渉してくれ、何台かのタクシーにあたってくれました。
 結果はダメ。行くことはできるのですが、帰れないということ。よく聞くと、山中湖には二本の道があり、この一本が通行止めのため、通れる一本に車が集中し、帰りが大渋滞になるため、行けないではなく、行かないということでした。
 万事休す。時計は正午12時。トボトボと岡山へ帰るしかなく、帰って来ました。

 今回の件、情報収集能力、判断能力の甘さを痛切に感じました。
 第一は初日、三島駅で行けないのに御殿場へ向かったこと。まずこれが失敗の第一。右往左往せず、どっしりと情報を集め、行動すればと思います。
 第二は御殿場線の三つ目の駅での意思決定。御殿場から沼津の列車が遅れているということは、これから御殿場に向う列車はより遅れる可能性があると判断すべきでした。ここで、御殿場をあきらめ、三島へ帰ることが必要だったかもしれません。 
 第三は翌日、三島へ帰り、三島からタクシーに乗ったこと。御殿場にもっと居て御殿場からタクシーで向かう方法を検討すべきだと思いました。
 ともあれ、雪の恐ろしさと自らの判断の甘さをいやというほど感じた2日間でした。
 

                         代表社員 前原 幸夫
posted by 前原幸夫 at 18:07| 今月の言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月01日

2月の言葉!「消費税増税前夜」

「消費税増税前夜」

 今年4月1日より消費税が8%に上ります。4月1日前後において特別に必要な作業や、注意すべき事柄について記してみました。

 まず、売上請求ですが、請求書が末〆の場合は問題ありませんが、20日〆とか25日〆の場合は少し面倒になります。
例えば、20日〆の場合、4月20日で締切ると請求期間は3/21〜4/20になります。3/21〜3/31までは従来の5%ですが、4月1日納品分から8%になります。したがって、4月20日〆の請求書では、まず3/21〜3/31までに締めて、新たに4/1〜4/20まで締切るという4月1日をまたぐ請求書は、2回締日を設定する必要があります。

 これは、売上だけでなく、仕入等の請求書にも言えることです。3月末日で仮締めが必要となります。
5%の税率を適用するのか、8%の税率を適用するのか明確に把握する必要があります。もちろん、請求する方もされる方も税率がちゃんと変っているかの確認は必要です。

 次に価格への転嫁(上乗せ)の問題です。
消費税の課税事業者であれば、8%になっても売上先からちゃんと8%の消費税をいただければなんら自己負担は生じませんが、5%しかいただけなかった場合は3%値引きしたことと同じになります。
この値引き分は売上のマイナスではなく、直接利益のマイナスとして影響してきますので、大変なことになります。政府も法令等で円滑な価格への転嫁を呼びかけておりますので、事前に納入先との調整をし転嫁してゆきましょう。

 又、メニュー・カタログ等の表示問題ですが、今回は8%、10%と連続して消費税の引き上げが行われる可能性があり、原則税込み表示(総額表示)ではありますが、例外的な措置として税抜き表示を認めることとなりました。

 価格の書き換え、印刷等事前にできるものは準備をしておきましょう。
又、納品書・請求書発行システム、レジ機能、財務会計システムが税率変更に4月1日から即対応できるのか確認も必要ですし、納品書・請求書に5%表示がある場合はもちろん8%に変更しておかなければなりません。今、安倍内閣はインフレ2%を目標にしています。又、円安により輸入品の価額(ガソリン・小麦等)は上昇し、東北大震災及び公共工事の発注増により、資材や人件費が上昇し、さらに消費税の8%、10%へのアップです。
物・サービスの価格は確実に上ります。

それに対し、仕入値、経費の上昇分、利益のみならず、支払資金の確保も大切な問題となります。
運転資金の確保です。よりムダなものは使わず、銀行にマメに顔を出し、自社の現状を常に理解してもらい、いざという時にはしっかりとした融資が受けれる関係が必要です。もちろん、銀行に頼らない利益をしっかり挙げ、内部留保を厚くしておくこともより重要です。

 しかし、これだけのコストアップ、支出アップ要因があります。自社の商品・サービスの価格上昇も大切になってきます。生産効率の上昇や、コスト削減だけではカバーできないものがあります。自社の商品・サービスの値上げです。
 
値上げを行なってもお客様から買っていただける商品・サービスの創造です。
それには人・モノ・金の絞り込みです。人の絞り込みとは、特技を持つです。
社員一人一人が何か一つ、bPのものを身につけることです。笑顔がbP、声の大きさがbP、安全運転bP・・・そしてこのbPの分野をどんどん拡げてゆくことです。社員が一人一人輝いているそんな人間集団を創り、お客様に支持していただくことです。明るいところbPのところに人は集まります。
 
 次はモノ・商品・サービスの絞り込みです。地域を絞る、年代を絞る、客層を絞る、商品・サービスを絞る・・・徹底した絞り込みです。お金の絞り込み、これはムダの排除です。投資も絞り込み、ムダなモノには一切支出しない態度が必要です。
倹約とは違います。必要なところへ集中的に支出するということです。販売促進なのか、機械化なのか、情報化なのか、支出しないのではなく、絞り込んで集中的に支出するということです。
 
 8%の次は10%です。益々、モノばなれは激しくなってゆきます。しかし、「高くてもいいから売って下さい」とお客様に言わしめる商品・サービス創り、店づくり、人財づくり・・・を創り続けましょう。


                             代表社員 前原 幸夫
posted by 前原幸夫 at 17:54| 今月の言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月01日

1月の言葉!「新年あけましておめでとうございます」

「新年あけましておめでとうございます」

 皇紀2674年、平成26年、西暦2014年の輝かしい幕明です。
 皆様、ご健勝にて新年をお迎えのこととお慶び申し上げます。
 
 昨年は伊勢の神宮及び出雲大社の遷宮が行われた歴史的な年でした。又、安倍政権のアベノミクスと言われる経済金融財政政策により、株価も上り、経済も活性化し、政治も安定化してきました。2020年には東京オリンピックの招致が決まり、氣分も上々の年明けです。
 しかし、今年のお正月はことのほか寒く厳しい冬になっています。雪も例年に比べ多そうです。なにかこれからの日本を暗示しているように思います。

 今年4月消費税が8%に上り、そのかけ込み需要等もあり、前半は昨年同様、堅調な状態が続きそうです。その裏で、好景氣のその裏で、中小企業にしのび寄るものがあります。
 それは円安によるガソリンを始めとする輸入品の高騰や、品不足による資材、原材料の高騰、人件費の上昇、金利の上昇等のコストアップです。消費税8%、そして次にくる10%上昇を含め、それらの上ってゆく経費をいかに売価に上乗せできるか。値上げしても売れるかどうかが大きなポイントとなって来ます。

 21世紀は心の時代と言われ、もう15年が過ぎようとしています。戦後70年、モノを中心として世の中は廻ってきました。大量生産、大量消費、値下げ合戦・・・。 しかし、もうそろそろモノから心へ転換してもいい時かもしれません。いや、しなければなりません。
 
モノから心、すなわち人への転換です。モノを中心とする考え方、行動パターンから人を中心とする考え方、行動パターンへです。テレビが欲しい→カラーテレビが欲しい→30インチのカラーテレビが欲しい→60インチのテレビへ・・・から、Aさんと絆を持ちたい→Aさん、Bさんと→Aさん、Bさん、Cさんと・・・というふうに人とのつながりの強化です。人とつながるためには、手間暇かけなければなりません。その人に会いに行くにも、ハガキ、手紙を書くにも、電話かけるのも、メールやフェイスブックするにも、手間暇がかかります。

 そして、その人との絆、つながりの深さが信頼となります。信頼に足る商品サービス、信頼を裏切らない商品サービスの提供、これが受容され売上が挙り利益が出ます。
 これまでのように商品を安く仕入れ、売価を安くし、宣伝し、購買動機を刺激し、売上を挙げるのとは違います。
 本氣で相手のことを思い、その人のためにどうすればお役立ちできるのかを考え、その人のために誠実にサービスや商品を提供してゆく。そして信頼を得、受容してもらい売上を増やしてゆく、こんな手間暇かかる商売の時代だと思います。人のためにと願う心、人を愛する心が必要です。人のためにと動けば動くほど、自分のためにとはねかえってくるものがあります。人を愛すれば愛するほど、自分に愛がもどってきます。まず出すこと、発信することです。
相手からの見返りを一切期待せず、無条件に出してみることです。愛情も、おもてなしの心も、やさしさも、その人へのお役立ちも・・・そしてお金も。その時必ず返ってくるものがあります。しかも出した分と同じ量だけ。

 これからコストアップ、消費税アップの時代、売価を上げるのは至難の業です。しかし、提供する商品、サービスがお客様に氣に入られ、そこに価値を見い出していただければ上げることはできます。信頼関係さえ築ければ上げられます。その価値とは商品やサービスにあるのではなく、提供する側の人にある、人の心にあるものだと思います。
 その人を売る、その心を売るのです。それはまず商品やサービスとしてではなく、お金の対価としてではなく、無償の対価として、絆を結ぶための道具として提供するものです。いかにしてしっかりと、切っても切れない絆を創るか、いかにしてつながり、人としての信頼を持ってもらえるかがカギです。

 安倍首相の目指す世界は、インフレ率2%の世の中、毎年物の値段が2%上がるといる世界です。私たちは毎月2%を上廻る商品やサービスの価値を上げてゆかなければなりません。自らの心を磨き、不断の練磨が必要です。そういう心磨きこそ、最終的に物やサービスの価値を上げてゆくことになると信じます。

   「金もうけより 人もうけ」
   「物の価値を上げるよりも 自分の価値を上げる」
   「世直しは 余直し」

そんな言葉を旗印にして進んでゆく時代がきたようです。
 これからが真の21世紀です。
お互い磨き合いましょう。
今年一年よろしくお願い申し上げます。

                             平成26年 元旦 
                             代表社員 前原 幸夫
posted by 前原幸夫 at 00:00| 今月の言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月02日

12月の言葉! 「修養団」

「修養団」

 11月15〜17日、二泊三日で社員旅行に行って参りました。今年の社員旅行は今までと少し違い、15日、16日の午前中は伊勢の修養団での研修でした。今年は伊勢神宮と出雲大社の遷宮が重なる年であり、先日、さだまさしのコンサートが出雲大社であり参拝をいたしましたので次は伊勢、しかも、修養団の研修つきということになりました。
伊勢神宮では20年に一度、社殿を造り変え、御神体を遷すことが西暦690年から行われています。出雲大社も60年に一度行われていますので、両宮の遷宮は60年ぶりです。なにせ出雲大社の遷宮は60年〜70年と不定期なため、両宮揃っての遷宮は大変珍しいことだそうです。

 又、公益社団法人修養団は明治39年(1906年)、蓮沼門三を中心とする東京府師範学校の学生たちが校内美化、校風改善に取り組んだことが契機となり、創立されました。以来、数多くの青年運動指導者を輩出し、「天幕講習会」やラジオ体操の元となった「国民体操」の宣伝普及など、幅広い活動をしている社会教育団体です。その修養団の研修施設が伊勢にあり、今回おじゃました次第です。

 この研修の一番の売りは五十鈴川での水行、みそぎです。午後一時から講義があり
夕食後夜中8時からふんどしをはき、上衣をはおり、五十鈴川集合。氣温は定かではありませんが、このところ寒さが少し和らいでいましたが、それでも上衣をぬぎ、ふんどし一丁になれば、震えるような寒さを感じました。

 舟こぎ体操をして体をあたため、いざ、川へ!!
足、膝、腰どんどん川の中心へ進み、思いのほか川は深く、流れは胸あたりまですぐにきました。
そして、肩まで水の中へ一氣にザブン。
 手を合せ、明治天皇の御製
     「五十鈴川 清き流れの末汲みて 心を洗え 秋津島人」 を三回唱和。
そして、しばし川の中で瞑想。
 ふと見上げるときれいな満月(満月に近い?)星空もきれいで、月あかりに照らされる神宮の森のなんと幻想的なこと。砂利で足の裏は痛かったのですが、水の冷たさはさほど感じず、それどころか暖かさまで感じるようでした。無心で自然に抱かれている、そんな安心感、そんな開放感が心を身体をいっぱいに満ち充ちてくれていたのだと思います。もう少し居たい、そんな想いにもなりました。
 
 みそぎが終り、お風呂に入り、午後10時45分からの懇親会。私もいろいろな懇親会に出ましたが、夜11時頃から1時頃までの懇親会は初めての経験でした。又、このみそぎ、年中やるそうで、1月2月も行なうそうですのでどうぞ一度体験してみてはいかがでしょうか。心も身体も清められるそんな実感がわくと思います。
 
 修養団の先生のお話の中で、一番印象に残ったことは生命のことでした。戦後教育では命よりも大切なものはない。命を大切にしましょうと教えるけれども果たしてそうなのかとういう問いかけでした。もちろん命は大切なものであり、粗末にしては決して許されるものではありませんが、命をかけて行うべきもの。命より大切なものもあるのではないかということです。第二次大戦の末期、特攻隊として若い生命を国のためにささげた方々、いや戦争という極限下ではなくとも、自らの命を両親や愛する人、子のために捧げたという人々は数限りなくいるはずです。
人は一生一度の死というもの、何に捧げるか。何に換えてゆくか。これも生の実感を得るために生きる以上に必要なことなのではないでしょうか。

 特攻隊の青年将校が愛すべき人を守る礎にと、そして未来の日本人がすばらしい日本を創り上げてくれると信じて、南の海に散っていったことをもっと有難く感謝して受ける必要があることを学ばせていただきました。「かわいそう」という言葉でなく「ありがとうございます」という言葉で報いたいと思います。

 私も自らの命をかける仕事、命をかける人、命をかけるモノ・・・をしっかり愛し育み、一所懸命、一生懸命生きていきます。そして、生命よりも大切なものが、いっぱい持てる人生にしてゆきます。
                                                
  
                               代表社員 前原 幸夫
posted by 前原幸夫 at 11:19| 今月の言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月01日

11月の言葉! 「Y=C+I」

「Y=C+I」

自民党が政権奪取し、第二次安倍内閣が誕生して一年がこようとしています。その間アベノミクスと称される経済・金融・財政政策で、長期に亘るデフレから脱却しかけており、その成果も出ているように思われます。
 
特に大胆な金融緩和により、円は100円前後になり株価も40%も高くなっています。公共投資主体の昨年からの補正予算、そして今年度の大型予算により、地方の公共投資関連事業者は稼働率を上げています。(稼働率を上げるというより、東北地方の復興もあいまって人手不足、材料値上げ等により、なかなか受注を消化できない状態です)

 金融政策による円安、株価高、財政政策による建設業を中心とした活性化、あとは経済政策(三本目の矢)による内需拡大、賃金上昇、失業率の縮少です。海外生産依存が高くなり、高齢化、少子化が進んでゆく今、従来の手法ではなかなか難しい三本目の矢ですが、東京オリンピックの招致もあり、ぜひよい結果をもたらしてくれればと祈るような氣持ちです。

 マクロ的に言えば、Y(所得)=C(消費)+I(投資)と言われます。Cは私たちのサイフの口の大きさであり、これから景氣が悪くなり、将来値段が下る(デフレ)状況であれば狭くなるでしょうし、景氣回復が見え、将来、物の値段も上る(インフレ)と予想されれば広くなるものです。投資もそうでしょうが、実はI=S、投資=貯蓄だそうです。個人の貯蓄が銀行に行き、銀行から企業に貸付けられ、そのお金で投資し、企業収益を上げ、賃金を上げ、消費が上り、貯蓄が上り、又、銀行が企業に貸し付け投資をしてもらう、こんな拡大循環が理想なのでしょう。しかし、この間、銀行に預けられたお金は企業の投資資金として貸し付けされず、国の借金である国債を買うことに充てられていたのです。国民の貯金が日本の借金になるという現象です。これでは企業活力が出ません。そこで量的緩和という奥の手が一本目の矢として出てきました。国民の貯金で銀行が購入している国債を日本銀行が買い取るという政策です。これにより、銀行は国債を手放し、現金が入って来ます。これをしっかり市場に廻し、経済を活性化させようとするものです。

 しかも、この政策は市中に出廻る貨幣が多くなりますから、必然的にインフレを起こしやすくなります。インフレになる期待(インフレ予想率)が上り、死蔵されている貨幣の流通が上り、貸し出しも増え、S=Iの状態に近くなる。一本目の矢はデフレ予想率からインフレ予想率へのマインドの変化です。

 マクロ的に見るとそんな好循環をしかけている日本ですが、個々の企業、特に地方(岡山)の中小零細企業に波及してくるのは時間がかかりますし、棚からボタモチとばかり上を向いて口をあけ続けることもできません。

 真に自助努力が必要です。円安、株高、復興投資、大型予算によるバラマキ?消費税のかけ込み需要、25年に一度の風がふいている今、この風をいっぱいに受けて、業績を上げてゆかねばなりません。風は吹いています。受けとめる帆はいっぱいに広がっていますか、大きな帆ですか、しっかりと強い帆ですか。
この風を受け止める帆のキーワードは絞り込みです。自らの商品サービスを提供する地域を絞り込む、お客様を絞り込む、販売方法を絞り込む、等々です。

 まんべんなく、ただダラダラと売るのではなく、絞り込んで売るのです。どこのお客様へ、男性か女性か、年令は赤ちゃんか、小学生か、中学生か、結婚前か、結婚後か、40代か50代か、定年後の人か、介護を必要とする人か。徹底的に細分化し戦略を練ることです。

 ここで2つの実例をご紹介します。

1社は地域をしぼり込んだ土木建築業のO社です。
O社は「地域に根ざした建設会社」というコンセプトの基、営業地域を建部町の2300世帯に絞り営業活動を行っています。この2300世帯のお困りごとを全てワンストップで解決しています。従来の土木とか建築とかという枠にこだわらず、町民の悩み困りごとがメシの種です。一般的にマイナスのイメージの強い、少子化、高齢化、過疎化、中山間地化、空洞化等々の要因を強味に変えての営業です。
 高齢化、老人が多いから仕事が来る。マイナスをプラスにです。工事例は種々雑多です。イノシシやシカから農地を守るための害獣ネット設置、耕作放棄地の草刈、ハチの巣の撤去、墓地の改装、庭木の手入れ、柿木伐採、雨どいの補修、清掃、もちろん家の内外のリフォーム、道路補修なんでもござれです。
 地域に対し、毎月「笑顔通信」を発刊し、施工実績の情報提供や、自社を開放し、交流会などで、自社アピールを徹底的に行ない認知度を上げ、町内シェアを上げています。

もう1社は県北のM社です。勝央町という地方の町に店舗があり、以前はスポーツ用品をまんべんなく置いていたそうですが、近くに大型店舗が出き、品揃え、価格では対抗できず、野球用品特にグローブに絞り込んだそうです。店舗は30坪ぐらい。    展示してある商品は全て野球のグローブ。しかも、このグローブ、手になじむよう手もみ加工をして販売するそうです。
 グローブを売るのではなく、使い手の手になじむよう手でグローブをもみ、柔らかくしてゆきます。届いたその日から使えるよう、事前に型付けをする。オーダーメイドのグローブを作る。今ではネットで日本全国に愛用者が広がっています。

 日本経済がこれからどうなるか、安倍首相にも多分わからないと思います。しかし、日本経済がどうなろうと我々中小零細企業は生き抜いていかねばなりません。しっかりとした帆を上げましょう。自らの商品・サービスを磨き、市場を絞り込んで、ダントツのものとしてゆきましょう。

 それが、これからの勝ち残る道です。

                               代表社員 前原 幸夫
posted by 前原幸夫 at 09:36| 今月の言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする