「日本のこころの教育(境野 勝悟著)」
最近ある人から境野勝悟さんの書かれた「日本のこころの教育」という本をいただき、一氣に読みました。境野さんが、あの大谷翔平選手や菊池雄星選手の母校である岩手県の花巻東高校で、高校生約700人に向けて行われた講演録でした。(その700人の生徒は声一つ立てず真剣に聞き入ったそうです)
境野さんの体験から「さようなら」の意味を問われ返答に窮した若き日の話しからでした。
そう言えば私も、「さようなら」と普段使っていても、その意味を真面目に調べたことはないし、興味のあるところでした。英語では“グッド・バイ(good by)”ですが、元はgod byだったそうです。「神がいつもあなたの側にいて、あなたを守ってくれますように。」という意味を込めて別れたのでしょう。キリスト教の世界ですが、なんとなく分かります。
日本語の“さようなら”は「さようならば、ご機嫌よう」の短縮されたものだということです。“さらば”は「さようならば」の「ような」が取れたもので、接続詞が単独の言葉となっためずらしい言葉です。江戸時代までは、「さらばご機嫌よう」「さようならご機嫌よろしう」などと使われていたようですが、明治時代になり男性が「さようなら」と言い、女性が「ご機嫌よう」と掛け合うように。昭和になると女性のほとんども「ご機嫌よう」とは言わず「さようなら」だけが別れの言葉になりました。確かに今でも時々ですが上品なご婦人が「ご機嫌よう」と言うのを耳にします。普段何氣なく使っている言葉にも由来があり、なおかつ面白いものです。
また、日本についても書かれていました。
日本の日は、もちろん太陽です。日本人は古来より「太陽に感謝し、太陽のように丸く明るく豊かで、仲良く元氣に生きる。」を生活の柱においていました。この日本人を創り育てているのが太陽であり、日本人の本・基・元は太陽にあります。日本人が農耕民族だからという理由もあるでしょう。しかし、太陽がこの世に存在しなかったら我々の地球は極寒の暗闇のただの星。石の塊にすぎません。太陽が地球に命を与え生命を生み育て人類が誕生しました。
日本人はこの宇宙の原理を昔から理解していたのではないでしょうか。そして、その命の元、太陽に感謝して生きるその象徴として日の丸があり、日本国があるのです。
「お父さん」「お母さん」のルーツも書かれてあり「お父さん」は「お尊さん」尊い人です。妻のため、子どものために一生懸命働き一家の生活を支えてくれ、家族の生活を守ってくれる尊い人です。
「お母さん」は「お日身さん(おかみさん)」すなわち太陽にあるということです。日は太陽、身は分身です。「お母さん」は一家の太陽として、いつも明るく元氣で暖かく居てくれます。お母さんの存在は地球にとっての太陽そのものに違いありません。
「こんにちは」も元々は「今日は、お元氣ですか」が短縮されたものだそうです。こんにちはの今日とは太陽です。今でも太陽のことを今日様と呼ぶ地方があるそうですが、昔は今日様が一般的だったのでしょう。「やぁ太陽さん」と呼びかけ「お元氣ですか」と氣遣う。お元氣とは元(もと)の氣(エネルギー)。すなわち太陽のエネルギーです。
ですから「やぁ太陽さん。あなたは太陽のエネルギー一杯で生かされている身体だということをよく知って、太陽さんと一緒に明るく生きていますか」という挨拶です。
それに対し「はい。元氣です」「はい。太陽さんのおかげ様で元氣に生きています」と返答するのです。そして、「さようなら。ご機嫌よう」とお別れします。
「太陽と一緒に生活しエネルギーをもらっている。さようならば、さぞかしご氣分もよろしいでしょう」という意味を込めて。
日本は四方を海に囲まれ南北に長く、国土は春夏秋冬豊かな自然の恵みを受け、それを我々の祖先はその恵みをいただき自然への恩意識、感謝の念を持ち、山にも木にも、川にも海にも岩にも、すべて神が宿ると信じ自然を畏敬・敬愛し、共生してきました。その中心が太陽であり、「初日の出」のみならず、太陽に手を合わせる民族が日本人です。
私も七十歳になり、改めて日本・日本人・日本語の素晴らしさを思い知らされました。
日本人として生まれた誇りと喜びを持って。
代表社員 前原 幸夫

